2008年7月18日

2008年07月18日

弥生以降の国際的外圧と国家統一の流れ

「弥生~古墳時代の勢力争いを解明する!」tonoさん
「-騎馬民族は来なかったか?-」naotoさん
の投稿から、縄文から弥生にかけて、渡来人と日本の統一国家成立までの大きな流れは
BC2,000 第一波 中国南部の環境避難民 三苗人が稲作を広める

BC500~0 第二派 アマテラス スサノオらの中国戦乱避難民が次々とやってきて九州地方から近畿まで戦乱が拡大

AC0~300年 第三派 天皇家に繋がる北方騎馬民族が統一王朝=大和王朝を建設

さらに、6世紀以降は、戦乱の中国を統一してできた国家、隋や唐の登場により、さらに一段周囲の国家の緊張感が一気高まった ようです。
左から5・6・7世紀、中国・朝鮮の国家勢力図です。図は「人命歴史年表」より引用させて頂きました。
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この日本が統一国家建設に向けて、一つにまとまる必要性から天皇制が必要であったと考えられます。その源流が北方騎馬民族かどうかは、tonoさんの投稿にもあるように、諸説があるようですが、間違いなくこれらの外圧に対抗するために次の「憲法十七条」制定や「大化の改新」が必要だったと考えられます。
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投稿者 simasan : 2008年07月18日