2008年3月4日

2008年03月04日

東アジア文明という見方

中国の歴史観は、日本から見れば、自国中心の見方に偏っている様に見えるが、お隣韓国から見ても同様に見えているらしい。一方で、韓国の歴史観も、自国中心という観点では似たような限界を抱えているらしいが、最近の古代中国史の研究成果からは、この狭い見方を乗り越えて、新しい東アジアの歴史観が浮かび上がってきた様だ。
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以下、東亜日報から引用。

中国の東北工程は、韓国史への歪曲した見方だけを認識させたのではない。これまで韓国が関心を寄せてこなかった東北アジアの古代史に関する新しい見方をも目覚めさせた。韓半島という狭い空間に縛られ、文献資料だけに依存していた実証史学の限界を飛び越え、歴史研究の地平を満洲、モンゴル、中央アジアに拡張し、考古学と神話研究の領域まで積極的に取り込んだ。
小説家の李炳注(イ・ビョンジュ)氏は、「太陽にさらせば歴史になり、月光に染まれば神話になる」と書いた。東北工程の反作用を通じて、韓国歴史の研究で皓々たる月明かりだけが漂っていた分野に燦爛たる日の光が注ぎ始めた。その具体的な兆しとして、4大歴史認識の転換を紹介する。

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投稿者 maeyan : 2008年03月04日