2007年3月31日
2007年03月31日
弥生時代の身分制度(番外編)-奴婢、軽罪は妻子没収、重罪は一族にも刑が及ぶ
😀 くまなです
今回は階級社会の番外編として「奴婢」です。
私たちが奴隷と言われて思い浮かべる‘鎖につながれて重労働を強いられる’人々がいたとすれば、この奴婢と呼ばれる人たちで、罪を犯した人々です。奴婢の「奴」が男で、「婢」が女。
卑弥呼が死んだときに奴婢100名余りが殺され一緒に埋葬されたと、魏志倭人伝の記述があります。
↓
彌呼以死大作冢徑百餘歩徇葬者奴婢百餘人更立男王國中不服更相誅殺當時殺千餘人
●和訳:この時、卑弥呼はすでに死んでいたので、大きな墳墓をつくらせた。直径は百歩余りで、男女の奴隷を百人以上殉死させた。あらためて男王を立てたが、国中は不服として、そのため殺し合いになった。当時千人余りを殺した。
殉葬は、古代殷(商)で行われた習慣で、のちの朝鮮でも表れます。
それを卑弥呼(の一族)も行ったということです。
下は、古代殷(商)での殉葬の跡です。
(写真はリンクよりお借りしました。)
殉葬制度については、加耶の歴史文化を参照してください。
奴婢は犯罪者ってことですが、当時の犯罪って?
その前に ポチッと応援よろしくお願いします。
投稿者 kumana : 2007年03月31日 Tweet