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2008年03月01日

中国における龍とは?

唯一現存しない動物の干支=「龍」と中国について調べてみました。
NHKスペシャル「四大文明」中国のエピローグに以下の記載があります。
以下抜粋
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中国で創造された龍という動物は、中国文明の象徴といえる。
中略
水中では魚のように鱗を持って自由に泳ぎ回り、空中では翼を広げて乱舞した。これほど水中から宇宙まで自由に飛びまわる動物はいない。龍の姿にはその時代の人々の思考が凝縮している。自然界の大河の流れ、天にかかる虹、天に広がる星宿、その姿に蛇や鰐に似た巨大な動物を見出した。そしてこの地上を治める人間にも龍の姿が重ね合わされた。
皇帝には自然界と人間社会を統率することが求められ、龍の化身となることによって権威を獲得したのである。
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とあります。ではこの龍はいつ頃から登場したかをみて行きます。
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○言い伝えでは夏王朝の前の三皇五帝の「黄帝」からあるようです。以下は「黄帝」関連のウィキペディアからの抜粋
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黄帝の容姿に関しては立派な人間の姿でしか現されないが、「みずから雲師となり、竜の姿をしていた(劉向『列仙伝』より)」という伝承もあり、龍神としての原型があったのかもしれない。 
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■中国人が「龍の子孫」と呼ばれる原因は古代のトーテムの伝説にあるようです。
中国国際放送局から抜粋 
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言い伝えでは、黄帝が中原を統一する前のトーテムはクマであった。中原が統一された後、黄帝は新しく帰属させた部落を安定化させるため、前にトーテムであったクマを新しく「龍」に変えた。龍はそれ以前のクマトーテムの頭の部分と蛇トーテムの胴体の部分とを組み合わせたものである。(虫喬)は蛇であり、昔「橋」と呼ばれた。黄帝が橋山に埋葬されたことは黄帝が母親側の家族のトーテムへの崇拝を証明できる。実際には、龍トーテムは、黄帝の父親側と母親側の家族のトーテムの統一である。龍という珍しい形の統一は、中華民族が発展する歴史と各民族が融合しあうプロセスを表した。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■三皇五帝に続く夏王朝の諸王は、『史記』の記録では龍にからむ話が多いとされています。
■秦の始皇帝も龍になぞられているようです。
■漢時代は、『史記』における劉邦出生伝説以来、中国では皇帝のシンボルとしてあつかわれています。
○次に現存するものを記載します。
■殷王朝の甲骨文字に龍という文字が残り、文様では殷・周時代の青銅器の探竜文(きりゅうもん)があります。中国の龍から「探竜文」の抜粋です。
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中国の殷・周時代の青銅器に飾られた文様の一つ。 探とは足も角もない小型の蛇状のもので,乙文形探竜文とか蚕文 (さんもん)ともいわれ,身が屈曲し,頭が前方に下がり,尾が後方に上がる文様は殷時代末期から西周時代初期の青銅器に飾られる。西周時代中期以後のものは側面形が主となり,長鼻のものは西周時代後期から春秋時代にみられ,舌を出したものは春秋時代のものである。このほか,両眼が正面を向き,身体に鱗を表現したもの, 2 匹の探を左右対称に表したものがあり,地文には雷文を施したものが多い。
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以上をまとめると
 中華民族全体から見た龍とは、中華民族の発展と各民族の融合を象徴するものであり、代々の皇帝 は自然界と人間社会を統率する為に、龍の化身という権威を要したと言えそうです。
又、その権威は亀甲文字から探竜文という様式へ昇華していきます。
中国の民族史は、漢時代以降は北方・西方遊牧民の流入の歴史であり、常に民族の融合が最大の課題でした。その意味で各民族の祖霊神を超越する「龍」という神(表層共認)が必要だったのでしょう。そしてその頂点が皇帝=神=人格神になったようです。
しかし西欧の守護神信仰のように自らの守護神を唯一神とする為に争うのとは異なり、元々あった龍=神に収束し中華民族になっていくようです。

投稿者 sakashun : 2008年03月01日 List  

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コメント

年表ありがとうございます☆
追及していこうと思ったら、年表や地図といったこういう大きな軸は不可欠ですよね(^^)
エジプトシリーズ、楽しみです♪

投稿者 みつこ : 2008年4月3日 01:34

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投稿者 おもちゃ王国きっず : 2009年5月25日 20:12

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