中国文明のなんで? PART2 |
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2008年04月08日
絶滅の危機
縄文中期、温暖化とともに増加した人口は、その後、寒冷化により一気に8万人へと絶滅に近い水準にまで激減します。
そして、その後、弥生へと突入していくのですが、そのときの集団意識はどのようなものだったのでしょう?
今回は諏訪の縄文時代を参照させて頂きます。
縄文後晩期の中部山岳地帯の著しい遺跡の減少と、その後の壊滅は、気候の冷涼化によると一般的に言われますが、むしろ人為的な環境破壊による要因の方が大きいと考えられます。
縄文中期1千年の間に、拠点集落の人口増大により分村地を増やし、そのムラ人達は、長期に亘って植物性資源を乱獲します。「成り年」と「不作年」が交互するのが自然界の摂理ですから、採れるときに採ろうとする切迫感が原因です。
狩猟はその資源に最初から限りがあるなか、ムラ・人相互の競り合いに陥りやすく、どうしてもオーバーキルになります。その結果、生業に限界を生じ、尾根から尾根へと移住を繰り返せば、その燃料として、また住居用材としての樹木の消費は想像を絶するものがあります。 こうして「自然界の恵み」を基盤にする縄文文化は、結果的に自然界の再生能力を奪い尽し、自らその拠り所を喪失させたのです。
自然の摂理の中で生きてきた縄文人ですが、
①比較的外圧の緩かった中期に人口増大に伴う「同類闘争圧力」の高まり
②寒冷化に向かい限られた食料をめぐっての生存をかけた「同類闘争圧力」の高まり
という、本能では適応できない外圧状況におかれることになります。
①の段階では「贈与」という手法で、危機回避を図ることができたのかもしれません。
しかし、飢えの圧力が日々強まっていく②の状況下で、「自集団」が生き延びるために何らかの「自集団を正当化する観念」に収束したとしても不思議ではありません。
八ヶ岳山麓では無人化したとまでいえる状況になり、諏訪地方ではわずかに湖盆近くの河川に遺跡が集まるだけで、たとえば、晩期の代表的な遺跡・茅野市の御社宮司(みしゃぐじ)は沖積低地にあり、岡谷市川岸橋原志平経塚の経塚遺跡は、天竜川口にあります。
経塚遺跡には、籾痕が見られ米作りの可能性が示唆されていますが、その地域を最後まで支ええたのは諏訪湖を中心にした漁撈でした。その当時としては止むを得ない無計画性が、ここでも自然界の再生産を不可能にしました。しかも後晩期の冷涼化は植物の様相をも変え、中期以降膨張してきた人口を、漁撈・狩猟・食物採集と原始農耕だけでは支えきれず、遂には飢餓状況に陥ったと考えられます。
「自然の摂理」に根ざさない観念では適応できない。
そのことを縄文人は、身をもって伝えてくれているのではないでしょうか?
投稿者 naoto : 2008年04月08日 TweetList
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コメント
投稿者 みつこ : 2008年5月16日 20:37
へー、あの世でも働くのですね。
この世が楽しくなかったら、そんな風には願わないですよね。
古代エジプトでは、信仰は現世からの逃避(倒錯思考)ではないのかな。やっぱり統合の一様式?
投稿者 みつこ : 2008年5月16日 20:48
私もみつこさんと同じで、当たり前の幸せの中に、「働いて自給自足できること」が入っていることが、この時代の人々の意識を表しているなぁと思いました!
私たちが学校で習ってきた歴史イメージと、根本的に違いますね(@0@)
投稿者 しのぶ : 2008年5月17日 01:09
うーむ。皆さんと同じ…何か不思議な感覚ですね。
恐らく、当時の人々はみんな信じていたのでしょう。
それが、現実からの逃避であったのか。
現実そのものであったのか。
ただ、感覚として、意外にすんなり受け入れられるような気もするかな…^^;
すいません。まとまらないコメントで^^;
投稿者 さーね : 2008年5月17日 20:50
みつこさん、コメントありがとうございます。
確かに「あの世で仕事をする」というのは特殊に聞こえるかもしれません。しかし、あの世に理想社会を築いた、という意味では他の古代宗教と基本的には同じなのかなと思っています。
投稿者 カッピカピ : 2008年6月3日 16:29
しのぶさん、コメントありがとうございます。
確かに、働くということを、とても肯定的に見ていますね。だからこそ、ピラミッドという巨大建築物をあの時代に建てられたのかもしれません。嫌々では、あんなもの造れっこない!
投稿者 カッピカピ : 2008年6月3日 16:40
さーねさん、コメントありがとうございます。
>恐らく、当時の人々はみんな信じていたのでしょう。
「同じ自分として生まれ変わる」や、「あの世でも働く」という、少しリアルな来世観が、みんなを信じ込ませたのかなという気がしています。。。
投稿者 カッピカピ : 2008年6月3日 17:00
とても面白いないようです!!
レポートの参考にさせてもらいます。
投稿者 aki : 2009年1月18日 17:03
レポートの参考にさせてもらいます!
投稿者 あき : 2009年1月18日 17:05
あきさん、うれしいコメントありがとうございます。
このブログには、他にもレポートの参考になる記事がたくさんありますので、他の記事もぜひ読んでみてくださいね。
投稿者 カッピカピ : 2009年1月23日 01:12
へー、あの世でも働くのですね。
同じような生活をしたいって思えるなんて、この世が楽しくないと思わないですよね。
古代宗教って、この世の苦しみが絶対的(不可避)なので、せめて頭の中だけでも逃れたい☆って想いから始まっていると思うのですが、エジプトの場合はまた少し違うのでしょうか。
それは、やっぱり豊かなナイルの恵みのおかげだったのでしょうか?