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2013年09月01日

「個のない民、ケルトから学ぶ」4.継承~心のありようを繋ぐ

私達は日頃色んな形でさまざまな情報を伝えています。
新聞、書物、メール、会話、会議など等。
そしてその多くが日々の活動の役に立ち、何かを生産したり消費したり、生きていく事に役立っています。
人類社会を今日まで発展させ継続させてきたのは伝え繋いできたこの継承の内容にあるといってもよいでしょう。
しかし昨今、様々なところで不和が発生し、この継承の中身が問われてきています。果たしてまともな事がきちんと継承されてきたのか?疑問が起きています。
今回の記事はこの継承についてケルトから学んでみたいと思います。
まずケルトの社会で真っ先に出てくるのが物語です。この物語や神話という様式で事柄を伝えていく方法は日本でも長らくあり、縄文人の末裔とするアイヌに至っては文字を持たず、全ての部族の情報を物語と言う形で後世に残していきました。
物語で彼らは何を伝えたのでしょう・
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【物語は世界観を伝える装置】
まずはケルト地方で今でも語られている物語の一説から紹介します。

「オダウド家の子どもたち」
むかしむかし、アイルランドの海辺の町イニュシュクローンに、オダウド家の若い男が暮らしていました。
ある日浜辺を歩いていると、男は人魚に出会いました。この地方には、人魚の纏っているマントを剥ぐと美しい女性になるという古い言い伝えがあります。そこで男は、人魚の纏っていたマントを剥いだのです。すると、その人魚は言い伝えどおりに、若くて美しい女性に変身しました。
やがて、2人は結ばれ、7人の子どもが次々に生まれました。
その後戦争が起こり、男は出陣することになりました。留守の間に妻がマントを纏い海に帰ってしまうといけないと、男はマントを隠しました。
男は戦争から帰ってくるたび、妻に見つからないように、隠し場所を変えていました。しかし、あるとき末の女の子がこれを見ていて、母親にマントの隠し場所を教えたのです。
男が戦争に出かけると、妻は隠してあったマントを取り出しました。途端にどうしても海に帰りたくなりました。7人の子どもを連れて、海の近くまで逃げました。そして、子ども6人を岩に変え、末の女の子だけをマントにくるんで海につれて帰りました。
その6つ岩は、今でも海を臨む林の中に残っていて、人魚岩と呼ばれています。
また、言い伝えでは、海に連れ去られた末の子どもは、その後アザラシに生まれ変わったとされ、村人は決してアザラシを食べないといいます。
人魚岩にはこんな言い伝えもあります。
雨も降らないのに岩が濡れている。それはオダウト家の誰かが死んだとき、岩になった子どもたちが悲しんでいるからだ。

河合隼雄 ケルト巡りより引用

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この物語からケルトの人々は、人間が自然の一部になる、或いは人間の世界以外に別の世界(この話では人魚という海の世界)がある事を示唆しようとしています。同様の物語がケルトにはたくさんあります。中には日本での浦島太郎とほとんど同じストーリの物語もあります。
物語の多くは大人から子供へ、親から息子、娘へ伝えられていきます。また、長老が村人へ伝えていきます。そこで彼らが伝えようとした事は、物語のストーリーではなく、ストーリーを通じて感じとることができる、世界観なのでしょう。
世界観を伝えるのと併せて、道徳や規範を定着させていったのです。
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ケルトも縄文もアイヌも皆、無文字文化でありながら高い文化水準を維持してきました。
先のシリーズで紹介したマヤやアンデスの文明も同様です。
少し話を広げて無文字文化の継承とは何か、どのような事で伝えていったのかを見ていきます。
【音楽は自然へ対峙する心構えを伝える装置】
例えば音楽です。
現在ケルトではエンヤという歌手が有名ですが、このエンヤの静かな旋律は音で自然の風景や自然を表現するという手法を取っています。癒しの音楽として長く世界中で評価されていますが、一般で言う刺激型の音楽とは別の領域のようにも思います。
同様に日本ではどうでしょうか?あかとんぼ、故郷など、静かな懐かしいような旋律の音楽がつい最近までありました。それらを皆で声を合わせて唄うことで、一体感や充足感を感じた経験は誰しもお持ちでしょう。また、お経のリズム、神道の中のろうとうとした謡の中にもそれを聞いたり声を合わせる行為を通して私達を導く何かが存在します。
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このように音楽の底流には音や演奏を通じて自然に同化する疑似体験の要素があるのではないでしょうか?つまりある一定の音を通じて自然へ同化しやすくなっている。音楽やリズムを伝えていく事が自然同化の心構えを伝えていく事に通じていたのだと思います。
日本の「赤とんぼ」やケルトの「エンヤの歌唱」はその名残として存続しているのかもしれません。
【絵画や造形は自然の体系化】
同様に絵画や造形はどうでしょう。
もっと直接的ではありますが、渦巻き模様や色彩の使い方、自然描写これらも自然への同化という点では同様の手法がとられています。
より深く自然と同化したい、理解したい、そう考えた古代の人々が形にしたものが造形物です。古代に作られた絵画・造形は自然模倣を超えて、その体系化へと向かう意識がこめられていると思われます。
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例えば渦巻き模様の例で言えば、自然を注視して捉えた循環・輪廻といった考え方がこめられていると思われますが、これは目の前にあるものをそのまま真似する・写し取るだけでは獲得されるものではありません。様々な認識・意識を統合し・体系化へと向かうことで生まれたものであろうと思われます。先の記事で紹介したように渦巻き模様が日本もケルトも
文化的交流がないにも関わらず全く同様の形態が登場したのは、共に同じ森林文化でその中の摂理を同様に理解し体系化していたと捉える事ができます。
【継承の本質とは、私達は何を繋いでいくべきか】
以上、全く異なる物語、音楽、絵画などを見てきましたが、実はこれらは同じ事を伝えようとしているのではないでしょうか?
物語では「世界観」を、音楽は「自然同化の心構え」、そして絵画・造形は「自然現象の体系化」とまとめてきました。これら3つの「伝承」とはいずれも、単なる知識・認識の伝達ではなく、対象同化の姿勢、つまりは「心の在り様」を伝えるものではないかと考えています。
古代の人々は自然の摂理から多くを学び、それを体系化し、言語や現在の科学に繋がる認識群を生み出してきました。自然に謙虚に学ぶ、人間世界を決して中心にしない、そういった「心の在り様」はいつの時代にも必要です。感謝や祈りといった行動は本質的にはそういった自然に生かされているといった世界観から現れてくるのでしょう。
私達は後世に多くの情報、正確な情報を伝えるのも必要ですが、何より残すべきは、時代や外圧が変わっても変わらずに持っておく対象への同化姿勢であったり、心の在り様です。
日本やケルトが今でもそれらを残し、伝えているのは事実ですし、それは決して文字では表現できず、文字以外の世界で構成されている、それが継承の本質ではないでしょうか?
継承とは継ぐと承るから構成されます。つまり先人の「心の在り様」を承り次代に繋ぐ、これが森の文化ケルトから学びとる事柄ではないでしょうか?

投稿者 fwz2 : 2013年09月01日 List  

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