2013年5月21日

2013年05月21日

東にあったもう一つの日本5~集団を守ったアテルイと縄文人の闘い

こんにちわちわわです。
今回は10倍以上の大和朝廷軍を敵にまわして互角以上に戦い大勝利をあげたヒタカミ戦争・アテルイの戦いなど「蝦夷征伐」に焦点を当て、後の坂東武士につながる関東・東北人の姿に迫っていきたいと思います。
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エミシ社会は、もともと血縁関係からなる氏族連合・部族連合を形成していました。そこに、縄文時代の氏族集落に主に高句麗からの渡来人が帰化、混血し、馬や鉄器を用いた農耕部族となり、部族間でゆるやかなネットワークを形成していきました。
大和朝廷は律令体制のもとで、服属したエミシ社会を集村の集合である村と、村の集合である郡郷に再編し、村には固定化した村長を置き、郡郷には族長を置いて「公」とか、「君」を付けた姓を与え、朝貢と軍役を任務させました。しかし、この族長が心底大和朝廷に隷属していたわけではありません。大和朝廷による侵略行為に抵抗し続けるうちに、馬と金属製武器による防衛力を次第に身に付けていったのです。
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投稿者 tiwawa : 2013年05月21日