2011年9月4日

2011年09月04日

縄文晩期はどのような時代か?(まとめ)

「縄文晩期とはどのような時代か」シリーズ
~はじめに~
1.寒冷化の危機が渡来文化への融和を促進
2.渡来民との融和的な共存がその後の舶来信仰、平和的外交の基礎に
3.縄文晩期は祭祀に彩られた、祭祀に可能性を求めた苦悩の時代
4.弥生への転換は戦争をともなったのか?~
第1回~第4回までこのテーマを追求してきましたが、いよいよまとめに入りたいと思います。縄文晩期とはどのような時代か?
この問題意識は縄文を学びながら私自身もずっと抱えていた疑問ではありました。歴史とはその前後の時代で必ず因果関係があります。後世の人が時代という区分を作っただけで、大きくは前の時代の文化や慣習が後の時代に色濃く残り、また新たな要素によってその先端部分が塗り替えられているのが歴史という流れを見ていく上で重要な視点だと思っています。
その上で縄文時代と弥生時代は教科書的にはこの境で大きく日本が生まれ変わり、縄文時代の歴史はともすれば文明以前の未開部族の歴史と理解されている向きもありました。今回のシリーズはそこに風穴を開ける試みとして縄文晩期を解明しようとしてきました。
今回このテーマを追求する中でいくつかの発見がありました。 😀
まずはそれを紹介しながら最後に縄文晩期を当ブログとして定義してみたいと思います。
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投稿者 tano : 2011年09月04日  



 
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