2019年7月18日

2019年07月18日

日本の民族の交雑は緩やか、対してイギリスは一気に入れ替わった。その2国の歴史、差異はその後の歴史が示している。

先回の投稿の続編です。同じくハーバード大のライヒ博士の報告です。

「縄文人がどこから来たのか、これは私たち遺伝学者にとって大きなミステリーです。」
ライヒ博士はイギリス人の出自の分析をした知見からこの日本人の起源についても追求するとしています。今後、日本人の研究者との協働で日本人の起源、縄文人のルーツが明らかになるかもしれません。
下記のライヒ博士の報告からも日本人(縄文人と弥生人)の混血は極めて緩やかに推移した事例に該当します。同じ島国でもイギリス人の場合は2度の農耕民の流入で一気に民族が入れ替わっているというケースもあるのです。

以下、博士の報告を紹介します。

縄文人と弥生人の交配が始まったのは1600年前と推定していますが、この数字はどのように算出されたのですか? (さらに…)

投稿者 tanog : 2019年07月18日  

2019年07月18日

「鉄」を軸に古代史を読む~鉄を運ぶために結束した倭人

「弥生時代は朝鮮半島から渡来人によって、稲作が青銅器と鉄器とともに伝えられた時代」と我々は教えられてきた。最近、これが通説ではなくなりつつある。 稲作は中国から、鉄も渡来人ではなく、倭人が運んできた。 弥生時代の稲作と同様、鉄は九州に伝わってから、それから東に倭人によって運ばれたと言われてきた。途中、中国地方で加工されているのはまだわかるが、九州から運ばれていない筈の鉄器や高度な技術が丹後や北陸にある。どうも、「鉄路」が他にもあったと考えるのが自然であろう。

「鉄」を軸に古代史を紐解いていくと、

「倭人」とは何か?

倭 国大乱による社会変革と日本の古代の活力ある国家像は何であったか?

古墳時代の前方後円墳が何の目的でこれだけ作られたのか?

違った切り口でこれらの疑問を解消していくことができる。

これから数回にわたって「鉄」を切り口に古代史のさまざまな謎に挑戦していきたいと思う。

(さらに…)

投稿者 tanog : 2019年07月18日