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日本の民族の交雑は緩やか、対してイギリスは一気に入れ替わった。その2国の歴史、差異はその後の歴史が示している。

Posted By tanog On 2019年7月18日 @ 11:31 PM In ⅩⅠエトセトラ(その他諸々) | 1 Comment

先回の投稿 [1]の続編です。同じくハーバード大のライヒ博士の報告です。

「縄文人がどこから来たのか、これは私たち遺伝学者にとって大きなミステリーです。」
ライヒ博士はイギリス人の出自の分析をした知見からこの日本人の起源についても追求するとしています。今後、日本人の研究者との協働で日本人の起源、縄文人のルーツが明らかになるかもしれません。
下記のライヒ博士の報告からも日本人(縄文人と弥生人)の混血は極めて緩やかに推移した事例に該当します。同じ島国でもイギリス人の場合は2度の農耕民の流入で一気に民族が入れ替わっているというケースもあるのです。

以下、博士の報告を紹介します。

縄文人と弥生人の交配が始まったのは1600年前と推定していますが、この数字はどのように算出されたのですか?

⇒算出方法は、現代日本人のゲノムにおける縄文人:弥生人比率=20:80から逆算していったのです。どこまで遡ると縄文人:弥生人=100:0になるのかがわかれば交配が始まった時期が推測できる。その結果、縄文人のDNA比率が100%になるのは、今から50~60世代前=1600年前ごろであることが判明しました。
農耕民の流入は一度に起きたわけではありません。日本の場合は非常に長い時間をかけて流入しています。一気狩猟採集民が農耕民に入れ替わったわけではないのです。弥生人は2400年前から1700年前までの間に日本列島に流入してきたと推定されますが、縄文人との交配が本格的に始まったのは、後半ごろ。古墳時代に入ってからです。

なぜこれほどまでに長い時間がかかったのですか?

⇒農耕民の流入から、先住民の交雑までタイムラグがあるのは、ほかの地域でもよく見られる現象です。狩猟採集民が先住していた土地に農耕民が流入すると、まず数百年~数千年別々に居住し、その後に交配を始めるのです。農耕民は、穀物を育てるのに適した肥沃な土地の近くに住み、狩猟採集民は魚が取れる小川の近くや、木の実がとれる山岳地域に居住します。生活圏も文化も違う2つの集団の交雑には時間がかかるのです。

ヨーロッパではハンガリー、ドイツ、スペインで、アジアではバヌアツや東南アジアの国々で、同じようなタイムラグがあったことがDNAの解析から明らかになっています。ハンガリーに農耕民集団が到達したのは今から8000年前ですが、先住民に交雑するまで1000~2000年の時間を要しています。

特に興味をもっているのは弥生人がどのように日本列島に流入してきたかです。

これを研究していく上では、イギリスの事例が参考になると思います。日英両国ともに島国で、外界から海で遮断されており、独自の文化を築いてきた長い歴史があります。そのため、狩猟採集民がいたところに農耕民が移住してきた過程にも類似点が多いと考えられます。

私たちがイギリス人の古代DNAのデータを解析した結果、驚くべき事実が明らかになっていますイギリスには、大きな農耕民の流入が2回あり、しかもそのたびに既存の集団に一気に取って代わっていたのです。ヨーロッパ大陸からイギリスに人類が流入したのは今から1万4千年前。最終氷期の終わりごろです。彼らは狩猟採集民でした。それまでイギリス諸島に人類は居住していません。最初の大規模な農耕民の流入があったのは、6000年前ごろです。この前後のDNAデーターを解析すると狩猟採集民が農耕民に完全に置き換わったことがわかりました。つまり少しずつ交雑したのではなく、一気に入れ替わったのです。2回目の流入はその1500年後の4500年前です。ロシア方面からの別の農耕民が移住してきて、既存の農耕民の90%を置き換えてしまいました。この2回目に流入してきた人々が、現在のイギリス人の祖先です。私たちはイギリス人の歴史を分析したときに得た知識がたくさんありますから、同じ手法を日本人のDNAの分析にも使えると思います。
日本には優れた遺伝学者、考古学者がたくさんいて、保存状態の良好な骨も多く残っています。日本の研究者と協力して、縄文人、弥生人の骨のDNAを分析できれば、弥生人がどのように流入したのかを詳しく解明する事ができるでしょう。

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イギリスの事例紹介は興味深いです。その後のイギリス人の私権性が極めて高く、19世紀に世界の頂点にまで上り詰めたのは2度のこの時期に流入民が一気に土着民を排除した歴史に由来しているのでしょう。そしてイギリス人自身はその略奪の歴史を表に出さずにひたすら王国を正当化してきたのでしょう。遺伝子学者が過去の遺物からそれを暴いた?というのも事実の事実たる力です。


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