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2012年06月07日

始原の言語・日本語の可能性~1.日本の爽やかな朝(アサ)と英国の穏やかな朝(morning)~

「日本語」シリーズ2投稿目です
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日本の朝:爽やかですね ヨーロッパの朝:くぐもってます
私はいつも、自分から挨拶をするようにしています。
朝の挨拶を自分からすることで、気持ちが引き締まって、
「朝が始まる!」 という感覚になれます。
「おはよう」という声をかけるだけで、ボルテージ上がっちゃいます
日本の朝 って感じがしますよね。
さて、私たちが普段、何気なく使っている日本語の言葉。
それには、感情や感覚、その国の情景などが密接に関わりあっているんです。
それを、黒川伊保子さんは分かりやすく例を挙げて表現してくれています。今回はそちらをご紹介します。
黒川伊保子「日本語はなぜ美しいのか」から引用

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「朝よ、おはよう」
母親がそう言って、赤ちゃんを抱き上げるシーンを想像してほしい。
アサという発音体感には、爽やかな開放感がある。
オハヨウは、実際には「ォッハョォ」と、二拍目のハを中心にして発音される語で、弾むような開放感をもっている。したがって、「アサよ、おはよう」と声をかけた母親は、無意識のうちに自分の発音体感によって、爽やかな、弾むような開放感を味わっているのだ。
さて、注目すべきは、赤ちゃんの脳である。赤ちゃんには、目の前の人間の口腔周辺の動きを自らのそれのように感じとる能力がある。
このため、母親が無意識に感じている、爽やかな、弾むような開放感に赤ちゃんは共鳴して、一緒に味わっているのである。
透明な朝の光や、肌に触れる爽やかな空気や、抱き上げてくれた母親の弾むような気分とともに、脳の中に感性情報としてインプットされていくのである。

長じて、「英語で、朝のことをmorningといいます。おはようは、Good morningです」と習ったときには、なるほどと思うだけだ。
こうして、人生の最初に出会ったことばと、後に習った外国語とでは、脳内でことばに関連づけられた感性情報の量が圧倒的に違う。
「おはよう」と声をかけられれば、ぱっと目が覚めるのである。累々と重ねてきた朝の記憶が呼び起こされ、いやおうなく始まりの気持ちにさせられる。
英語圏の人たちの朝は、日本人の朝より、少し静かに始まるようである。
考えてみれば、このことばを生んだ英国は日本よりずっと緯度が高いので、日本のように、年中、朝の光が眩しいわけではない。冬などは、子どもたちの登校時間になってもまだ暗い。
実は、ことばは、このように風土とも無関係じゃないのである。眩しい朝を迎えることの多い日本人は、朝にアサAsaということばを与えた。喉も口も開けるAに、舌の上に息をすべらせて口元に風を作るSの組み合わせ。まさに、爽やかな開放感のことばである。オハヨウも、ハの開放感が目立つ、弾むような挨拶語である。
黎明の中や穏やかな陽光の中で一日を始める緯度の高い英国に住む人たは、くぐもった発音の「Good morning」で挨拶をし合う。いたわり合いつつ、徐々に活動を開始するイメージだ。
英国の人々は無意識に、「Good morning」の、鼻腔に響く、くぐもった優しさが英国の朝に似合うと判断したのであろう。
意識は語感を選び、また、語感は意識を作る。
何代にもわたって使ううちに、「Good morning」で挨拶を交わし合う人たちの朝は、「オハヨウ」と挨拶する人たちの朝より、ゆっくり始動する、優しいものになっていく。そうすると、ますます、朝の情景と「Good morning」の発音体感が似合ってくるのである。
「朝」と「morning」、「おはよう」と「Good morning」。どちらも、それぞれの国の朝に似合うことばであり、それぞれの人たちが心地よいと感じながら発音している。
どちらが良いかは、一概に言うことはできない。
しかし、鮮烈な朝日で迎える日本の朝には、日本語のアサ、オハヨウがよく似合う。日本に生まれ、日本の朝日の中で「アサヨ、オハヨウ」と言われて抱き上げられる赤ちゃんの脳には、素直に、ことばと情景の感性リンクが成立する。
もちろん、英国の薄暗い朝に、穏やかな低音で「Good morning」と言われて抱き上げられる赤ちゃんの脳にも、素直に、言葉と情景の感性リンクが成立する。
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こうして、その国の風土と人々の意識とによって、長く培われてきたことばが、母国語である。中でも、一つの土地において、似た骨格をもつ民族が、同じ生活習慣を重ねながら作り上げてきた母国語は、風土と意識と、身体感覚と、ことばとがしっかり結びついているので、ことばに込められた情感が深い。人々が暗黙のうちに、その情感で共鳴し合うので、意味ではなく「感じ」で伝え合うものが圧倒的に多くなる。

この「朝」と「morning」の対比、なるほどと感じていただけましたか?
無意識に爽やかな、弾むような開放感を「朝よ、おはよう」という言葉から感じて、それを赤ちゃんに伝えているお母さんも、自分が赤ちゃんのときにお母さんからそれを感じ取っているから、赤ちゃんに伝えることができます。
そうやって母語は母から子へ受け継がれていきます。
さらに、土地の自然環境や情景が合わさって、母国語が形成されていく。これが現在、私たちが使っている日本語なのです。
日本語はまさに、「自然から与えられた、母(祖先)から伝えられた言葉」なんですね。そう考えると日頃空気のように使っている日本語もすごくありがたいものに思えてきます。
次回は、これをもう少し論理的にご紹介しようと思います。
ご期待くださいっ

投稿者 ty-happa : 2012年06月07日 List  

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コメント

「大和政権の源流と葛城ネットワーク」~3:古代豪族はネットワークで結ばれていた1

みなさん、こんにちは。 「大和政権の源流と葛城ネットワーク」の3回目。 今回は古代豪族のネットワークについて、2回に分けて考えてみたいと思います。 大陸よ…

投稿者 縄文と古代文明を探求しよう! : 2013年4月24日 10:02

ネットワークによる緩やかな権力統治は、まさに現代の閨閥構造へと語り継がれているんですね。
血脈を重視しつつも、完全な閉鎖系では無く常に和合の繰り返しによって、権力展開が成されてきた。
一極集中では無いからこそ、上手く渡り合えてきたのかもしれませんね。興味深い史実です。

投稿者 kawa_it : 2013年4月25日 16:19

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