2014年2月20日
2014年02月20日
自考力の源流を歴史に学ぶ(結) ~次代につながる追求土壌~
本シリーズのプロローグは、「今、なぜ自考力なのか」という問題提起から始めました。
その背景となる現在の状況認識として、
●リーマンショック以降、世界経済は急速に混迷の度合いを深め、昨年はアメリカのデフォルト騒ぎで騒然としたこと。
●311原発事故以降、政府・官僚・御用学者・マスコミによる情報の隠蔽と捏造が繰り返され、その体質が露呈されたこと。
●ネット界を中心に、民主主義の根幹を揺るがすような不正選挙の疑惑が持ち上がっていること。
こうした背景から、人びとは無意識のうちに彼ら(お上)を見限り、自ら考え、自ら生きていく場を作り出していく方向に舵を切り出しました。その表れが、生きていくことに直結する食や農業、健康・医療、教育などの分野で、自ら探索し追求していこうとする潮流です。このような自給・自考への期待と潮流は、今後どのような方向へ向かい、どのような可能性を秘めているのでしょう?
8年間にわたり、縄文以来の日本人の歴史を追求してきた当ブログとしては、日本人の歴史の中に自給・自考のヒントがあると確信し、本シリーズでその可能性と実現基盤を考察してきました。
今回は、総集編としてこれまでの内容をまとめます。
投稿者 matuhide : 2014年02月20日 Tweet