2022年3月8日

2022年03月08日

原人の拡散:脳容量からの検討

皆さん、こんにちは。

縄文と古代文明を探求する当ブログですが、今回は縄文時代を遡って人類史の一部を探求したいと思います。縄文人のルーツを探る記事も幾つか書きましたが、今回は、縄文人(新人)の前(旧人)の前(原人)についてです。

アジアにも居た原人。その段階で現生人類(ヒト)に繋がる進化=交配を繰り返していたことを脳容量の進化からも類推します。

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原人の一覧と脳容量

上表は、猿人以降縄文人までの古人類の一覧ですが、これに脳容量を追記すると以下の通りとなります。

4万1千年前    Hフローレシエンシス(インドネシア・フローレス島)380cc
30~12.5万年前  Hハイデルベルゲンシス(ドイツ)1100~1400cc
40万年前    Hネアンデルターレンシス(ベルギー)1600~1300cc
78~68万年前  Hエレクトス・ペキネンシス(北京)950cc
180万年前      Hゲオルギクス(ジョージア)600cc
240~140万年前    Hハビリス(タンザニア)600cc

250~200万年前のパラントロプス・ロブストス410~530cc、300~200万年前のアウストラロピテクス属380~500cc、440万年前のアルディピテクス・ラミダス300cc。

因みに、現代の大型類人猿とヒトの脳容量の違いは、

「ヒト科動物の脳容積(脳容量)比較」では、【オランウータン】400cc強、【ゴリラ】500cc、【チンパンジー】400cc弱、【ボノボ】350cc、【ヒト】1350ccとのこと。(ヒト科動物徹底比較! オランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ボノボ、ヒトの違い

要するに猿人は、現代の大型類人猿と脳容量では大差がない事になります。

脳進化がもたらしたもの

「20万年前~現代:ホモ・サピエンス 脊椎動物の進化の初期の段階では、脳は神経細胞が集まった“膨らみ”のようなものに過ぎなかった。やがてこの膨らみはヒトへの進化の過程で大脳、間脳、中脳、小脳、延髄、脊髄からなる複雑な構造を形づくり、個体の維持だけでなく高度な精神活動を可能とする器官となった。

原始的な霊長類からホモ・サピエンスへと進化する過程で、大脳皮質は厚みが増しただけでなく表面積も著しく拡大した。また、大脳皮質はより深く複雑なしわをつくって容量を増やし、大脳新皮質の感覚野、連合野がさらに発達した。小脳も大きくなり、ヒトの複雑な動きを可能にした。
霊長類の登場から現在にかけて、大脳新皮質はそれまでの生物史に例がない速度で拡大・発達していった。大脳皮質の中でも新しい皮質(新皮質)は高等動物ほど発達しており、霊長類では認知や思考、判断といった知的活動を司る部位となっている。頭蓋容量は1400cm3まで拡大し、ヒトは抽象的な思考が可能となった。

脳が進化したことにより、思考や創作活動の幅が広がった。たとえば、動物の骨や牙・角を利用してネックレスやペンダントなどの装飾品やフルートのような楽器、裁縫に用いる縫い針、油を燃やすオイルランプなどがつくられるようになった。今から2万5000年前には、動物の油を用いて絵の具を作成し、洞窟の壁に様々な色で牛の絵を描くことも可能となった。」

遡ると、ホモ・エレクトゥスでも、「石器をより高度に加工し、槍などもつくるようになった。ホモ・エレクトゥスが加工した石器は、ホモ・ハビリスが加工した石器と異なり石の両面が削られて先端が鋭利に尖っている特徴を持っていた。ホモ・エレクトゥスは道具を巧みに操っただけでなく、火を使うことも覚えた。火は夜間に肉食動物を寄せ付けない役割を果たし、さらにはそれまで摂取できなかった食糧を調理して摂取できるようになった。また、直立二足歩行によって骨格が変化し、発声気管が従来よりも低い位置に下がった。この変化によって発声が容易になり、言語の発達が加速した。脳内では、言語を司る部位であるブローカー野がますます発達した。さらに、聴覚を司る部位に隣り合う部位も拡大し、『ウェルニッケ野』と呼ばれる感覚的言語中枢に発展した。」

ホモ・ハビリスは、「言語を司る『ブローカー野(運動性言語中枢)』が目立つようになった。自身を取り巻く世界を認識し、言語を用いて周囲の個体に自身の考えを正しく伝える能力を持つようになった。こうした能力は『心』を生み出す生物的基礎となり、現在のヒトに通じる能力となった。」

「」内は、脳の進化の5億年~誕生からヒトまでの軌跡~

原人の進化がどこから?そしてヒトの起源は?

上記は化石人骨しか発掘されていないので、その脳にブローカー野、ウェルニッケ野がどの程度あったか推測するのは難しいと思います。石器や絵画は現存しますが、文字(らしきもの)がありません。音声交感は他の動物でも行っているので、文章や名詞にならないまでも、危機や感情を発信することは可能と思われます。現在の大型類人猿が、原人より少し小さい脳で出来る事を想像すれば、初期の原人は類人猿とさほど変わらず、950㏄に達するホモ・エレクトゥス(ジャワ原人や北京原人)から、ヒトらしく言語も可能と思われます。

「人類の起源」をどこに置くかは中々難しい課題ですが、言語を獲得した段階で既に東アジアに原人が居たとすると、その後の当該地域で旧人、新人へ進化する可能性は充分にあります。

重要な問題は、現生人類がほぼ同一種で、アジア、ヨーロッパ、アフリカなどに居た古人類が、一つの生物種に収斂することが現実的かどうかと言う事。

交配を繰り返して、次第に一つの人類に収斂したと考えることもできますが、現実は、アジア人とヨーロッパ人、アフリカ人は多少の違いがある。違うにしては近すぎて、同じとするには微妙に違う。これをどう説明するかで、人類の拡散の推論が変わると思います。

ネアンデルタール人とデニソワ人は交配していてその遺伝子が現生人類(ヒト)にも受け継がれている。交配していた当時、既に旧人がユーラシア大陸やアフリカ大陸に相当散らばっていて、各所で交配し、更にその子孫が大陸内を往来して交配し、現生人類(ヒト)が誕生した。各所で同じような交配が行われ、土地ごとに多少の違いがあるヒトが誕生した。と言えるかも知れません。

投稿者 sai-yu : 2022年03月08日  



 
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