2010年10月30日

2010年10月30日

シリーズ「日本人の“考える力”を考える」第9回~中間整理~同化能力こそ日本人の考える力

少し間が空きましたが久々の日本人の‘考える力’を考えるシリーズです。縄文土器、銅鐸、神道、万葉仮名・・・とみてきましたが、なんで屋劇場での結論http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=239606 も踏まえて、日本人の‘考える力’の中間整理をしてみたい。
結論からいえば、日本人は西洋人のような観念収束力は高くはないが、逆に始原人類以来の精霊信仰の流れを汲む、現実直視⇒対象同化⇒問題解決力は高い、ということがいえるだろう。
西洋の歴史は支配者発の観念体系・制度を基本としており、言い換えれば大衆は現実逃避的な価値観念にすがるか、唯一市場社会を通じて開かれた「豊かさ追求」一色に収束するだけで、それ故に市場社会がもたらす様々な問題点を捨象し続けてきた。今まさに西洋発の市場経済システムが自滅寸前に追い込まれているのは、そのような西洋の統合観念の行き詰まりということでもある。
それに対して、日本人は、下からの安定期待あるいは秩序収束→規範収束によって基礎集団=共同体を保持し続け、統合階級=支配階級の側もそのような安定期待に応える形で社会を統合してきた。従って人間同士、集団同士の争いを回避し、和平的統合を実現してきただけでなく、対自然という点でも、自然を解体しつくすような環境破壊を引き起こすことなく、循環型の自給自足経済をつくりだしてきた。
こうした秩序維持が可能だったのは、争いの危機にあっては相手に同化し、「争いを避けたいのは相手も自分も同じ」と和平への話し合いを行い、環境破壊の危機にあっては自然に同化し「山の神の祟り」と自らを戒め自然の摂理の中で生きる道を模索した・・と一貫して「現実直視」→「対象への同化」が問題解決への糸口となっていることが理解される。

(さらに…)

投稿者 staff : 2010年10月30日