2019年12月26日

2019年12月26日

【新説提案】現世人類の最古の産業は漁労ではないか?

年末最後の記事は漁労文化について書いてみたい。
人類の最初の産業は何か?誰もが農業、或いは狩猟と答えるだろう。
しかし、その可能性は漁労が最も高いのではないかと考える。もちろん旧石器時代に洞窟に隠れ住み、夜な夜な暗闇をに死肉を漁った時代は捕食の為とは言えるが産業とは呼べない。弓矢や投てきで獲物を確保したのは洞窟から出る事のできた1万年前~1万5千年前。農業に至ってはどれだけ遡ってもせいぜい1万年前だ。

しかし、漁労の可能性は遺物だけを見ても3万年前に遡る。かつては日本の南の島で2万3千年前の釣り針の遺跡が最古だったが、昨年韓国で2万9千年前の投網の重りの遺跡が出てきた。いったいいつまで遡るかであるが、私見ではあるがおそらく5万年前まで遡るのではないかと考える。

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4つの根拠を考えてみた。

最初は人類の発祥の地、アジア説。現世人類(ホモサピエンス)はアフリカ大陸で誕生してその後5万年前からユーラシアに広がったという説が最近崩れている。おそらく、6万年前前後まで大陸として存在したスンダランドから現世人類は誕生し、広がったのではないかと思われる。スンダランドはわずか100mの海面上昇で姿を消すような平地であり、海の中に様々な島が点在する現在のインドネシアのような地域が広域にあったものと思われる。なおかつ、その島の中には肉食動物も少なく、人類にとっては外敵の少ない楽園だった可能性がある。その中で最大限活用できたのが海の資源。釣り針、投網、浅瀬での貝などの採取など、栄養価が豊富な海辺を生活の拠点としていた可能性は高い。

もう一つの理由が人類の大移動である。まだ定住をしていない人類は季節や気候で居住地を移動しながら生活していたと考えられる。元々洞窟での定住を強いられていた人類だが、船の技術を身に着けることで海洋を海岸線伝いで移動することが可能になった。さらに船の技術が仮になくても海岸線の移動は内陸に比べてはるかに安全で昼間の移動を可能にする。既に5万年前にはオーストラリア含む各地に広がっていた人類はこの海岸線を伝って移動する手段、技術を最も最初に獲得したのではないか?獲得したが故に広域に広がった。そういう意味では現世人類の最初の技術は船舶であり、漁労の技術を駆使して各地で生存した。

3つめの理由が脳容量である。ホモサピエンスは1350ccとネアンデルタール人の1450ccに比べて100cc少ない。なおかつ体格も華奢で肉体的機能においてネアンデルタール人に劣っている。ネアンデルタール人がヨーロッパで主に活動しその生産の中心が狩猟であった事は言われているが、脳が大きく体格がしっかりしているネアンデルタールに比べてなぜ現世人類がそこまで大きくならなかったのか。その理由が漁労ではないかと推定した。つまり、脳容量の100ccの差は主に運動機能を司る小脳であり、屈強な肉体や体力をそれほど使わない漁労を中心にしていたが故に華奢で脳容量を限界まで大きくする必要はなかった。逆に脳容量は100cc小さいが、ものを考えたり追求する知的脳はネアンデルタールもホモサピエンスもほぼ同容量である。また魚の栄養は血液や脳に非常によく、人類のその後の進化を後押しした可能性もある。※最近の報告で小脳はホモサピエンスの方が大きいという事実もありましたのでこの説は追求が必要

最後の理由が縄文文明。縄文文明は4大文明に先駆けて登場した世界最古の文明という説もある。また、縄文文明は最後まで農業を取り入れなかった採取・漁労文明である。その後の日本の歴史は農業中心で成立した世界の他のどの文明とも異なる独自性をもっており、その一つに漁労文明を最大限まで拡大した縄文時代にあったのではないかと見る。現在の日本人の寿命が世界最長であるのと関りがあるかどうか明らかではないが、列島の四週が海で囲まれ、なおかつ海洋資源豊富な温暖海流が流れる日本の食資源の優位性はつい最近まで漁労にあった。

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人類が文明を生み出し、小麦やコメの生産を拡大する中で漁業の地位はどんどん相対的に小さくなってきたが、それは貯蓄が効き、生産をコントロールし、支配しやすいのが農業であったという事で、逆に言えば漁業は経済ベースに乗らない支配しにくい生産故に文明時代以降大きく変化してこなかっただけである。
その事と人類誕生、拡大の最大の立役者が漁労であったという事は連関しない。人類は漁労がなければ今日のように進化、発展はしてないかもしれない。それくらい、漁労は人類の進化にとって注目すべき最初の産業ではないだろうか。

以下、昨年発表された「漁労の始まりがさらに古くなった」という記事を紹介。

【8月7日 AFP】韓国・江原道の旌善郡の洞窟で6月に発掘された、漁網用の重しである石錘14個が、約2万9000年前のものと判明した。今回の発見は、洗練された技術を用いた漁がこれまで考えられていたよりもはるかに古くから行われていたことを示唆している。 延世大学博物館の韓昌均(ハン・チャンギュン氏はAFPの取材に対し、放射性炭素年代測定の結果、6月に見つかった石灰岩製の石錘によって「網を用いた漁労の歴史がこれまでより1万9000年もさかのぼる」ことになったと語った。
石錘はこれまでも日本の福井県と韓国の清州市で発掘されており、いずれも約1万年前の新石器時代のものとみられている。だが今回の発見は、後期旧石器時代でも人類は活発に漁労を営んでいたことを示唆するものだと、韓氏は指摘した。
14個の石錘はそれぞれ重さが14~52グラム、直径は37~56ミリ。韓氏は、漁網の端を結び付けるための溝が彫られており、浅瀬で小魚を獲るために用いられたと説明している。石錘が今回発見されるまでは、南日本の島で見つかった、約2万3000年前に巻き貝の殻で作られた釣り針が人類最古の漁具とされていた。(c)AFP

投稿者 tanog : 2019年12月26日