2020年6月25日

2020年06月25日

女たちはなぜ強くなったのか?⇒元来、女性は強い。江戸末期から明治初期の女たちと現代女性は驚くほど似ている。

現在は女が元気に時代だ。
私の会社にも女性が2割程度所属しているが、社内にいつも響いているの女性たちの笑い声や話し声。また仕事の場面でも安定した成果を出すのは活力の高い女たちである。また、ここ数年は社会的にも女が強く、男は中性化(女化)してしまっている。差がないというか明らかに女性が元気だ。
日本の女性はいつからこんなに強くなったのだろうか?確かに自由や恋愛、男女平等とった西欧由来の近代思想の影響はあるが、そもそも(日本の)女とは弱いものではない。

特に集団がしっかりあり、役割があり、女仲間がいる日本のかつての社会を見ると実に現代と何も変わっていないのだ。そして女たちは生き生きしており、強い。女のかわいさ=美しさとはそのりりしい強さも示している。

下記「欧米人の見た開国期の日本」の著書の中から実際に見た、書いた外国人の外交官達の言葉から当時の女性を浮かび上がらせたい。
切り抜きになるので、繋がっていない部分もあるが想像して読んでもらえれば幸い。全て150年前の明治初期の話である。

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日本女性の社会的地位を著しく低いとする意見がある一方、オリファントのように、日本の女性の地位をむしろ西洋女性のそれに近いと見るものもある。彼によれば、日本女性は東洋で一番多くの自由と享楽が与えられているという。「東洋には」という条件がつきながら、男性の下位に置かれているものの日本女性は、他の諸民族にくらべて一番地位が高く、一番自由であり、ずっと尊敬と思いやりで遇されているとする意見は、オリファントのほかにも多くみられる。
どういう点で彼らは日本女性が東洋で一番自由と享楽を与えられていると見たのであろうか?さきほど述べたように、彼らは上流の妾女を、まるでハーレムの女性のようにほとんど軟禁状態におかれ、外出もままならないとみた。一方で中・下層の女性については、彼らがいちように驚愕してその解釈に頭を悩ませたように、湯屋で平気で男女が混浴し、裸のままで家に戻る事実を知った。

それだけではない。彼らは中・下層の女性が、自由に外出し、とくに女どうしが互いに行き来し、長居しておしゃべりを楽しんでいる事もとくに注目している。彼女たちが社交好きで、物見遊山にも出かければ、舟遊びも楽しみ、とくに芝居見物を非常に好み、自分自身でも踊りや三味線をたしなんだことについての指摘は多い。こうしたばあいには、男性も加わるのが普通で、アンベールは男女が何の拘りもなく会話のできるのが日本だと感心している。

今と変わらないと言えば娘たちの生態もそうである。男尊女卑社会といっても娘たちは結構甘やかされてたらしい。スエンソンが日本娘の青春謳歌をつぎのように描いている

「若い娘は自由きままを満喫していて重労働をやらされることも稀で、娘時代になすべきふたつの仕事、楽しむ事と身を飾る事に身分相応、十二分に没頭する事ができる。娘たちの優雅なる暇つぶしは笑う事、おしゃべり、お茶を飲む事、煙草をふかすこと、化粧、それから何度もある祭りの催しに参加する事である」

とはいうものの中・下層の女性たちはこうした社交や遊びにうつつをぬかしていたわけではない。彼女たちの労働についても欧米人はしっかり観察している。オレインブルグの一行は商家の店先に女性が売り子として座っていることを見ているし、多くの茶店や旅籠に給仕や女中として、女性が忙しく立ち働いているさまについては多くの報告がある。
商売ではどうやら女性が主役を演じていたようで、ウィリアムズは下田で観察したところとしてその日記につぎのような記録を残している。

「女たちが商売の切り盛りになんともえらい働きをしているかを見て、驚かされたものだった。うすのろ亭主が、われわれが買おうと思っている商品の値段について、女房の考えを聞かざるを得なかったことから、がみがみ女房といっしょになって亭主をからかい、面白がっている大勢の連中を見た事がある。どの店でもほとんどが台のところへ出てくる。何事であれ女はしゃしゃり出るのだ」

女の仕事は商売にだけとどまっていたわけではない。アンベールは、女たちはすべての産業部門にその働く部署をもっていると言い、江戸の本所地区で見たところにもとづいて、日本には大規模な工場は存在せず、家族労働による家内工業であることに注目している。家内工業には男ばかりか、女たちも働いたのである。たいていの家では男は何もしないで囲炉裏端に陣どぅてタバコを吸っているだけだが、女たちはみな糸を紡いだり、縫物をしたりというように忙しく働いていた。

会津戦争に従軍したイギリス人医師ウィルスは越後地方の女性を日本の代表的美人とみているが、ただし、彼女たちはなよなよした美人なのではなく、たとえば険しい坂道を背負って黙々と運ぶたくましさと忍耐力をそなえている。

クリフィスはそれらとは別に、彼の著書「女性の地位」という一章を設けそこで一般論として、日本の女性(妻)は表向きは男性に服従してるが、実際は気転、言葉、愛嬌、魅力などによって男性(夫)を巧みに支配している。と分析している」

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次回以降には同様に男の事を書いてみたい。女は元来強い生き物。だとしたら男は何か?

私は男は没頭したり熱中したり、・・・つまり追求力の強さである。それが時代とともに変わったのか変わっていないのか。女が150年前から変わっていないとしたら、男も実は江戸時代から大きくは変わっていないのではないか?そこに期待をして記事を探してみます。

投稿者 tanog : 2020年06月25日