2007.07.11

縄文ー古代ブログの新カテゴリーについて

こんばんわ! tanoです。
縄文ー古代ブログもここ最近はやや煮詰まり気味です。
何を追求していったらいいの?などという声なき声も聞こえてきます。
何でもいいから面白い記事を投稿してほしいというのもやや乱暴。
そこでいっちょ、カテゴリーを見直そう!という事になりました。
従来のカテゴリーはまずは縄文の事を知ろう!弥生の事を追求しよう、世界の古代文明の基礎知識を入れていこう。という段階からスタートしました。
一定投稿数が集まってきましたので次の段階へと移行します。
今回(これで最後にしますが)のカテゴリー分けのポイントは以下の3つです。

①読者が読みたい記事に早くたどり着ける。
②追求すべきテーマが浮き彫りになってくる。(投稿の意欲が湧いてくる)
③投稿した記事が資料としてストックされ後で検索しやすい。

という事で発表です!以下のように分類してみました。
(しかし、縄文ブログの管理人って分類が好きですね(^^:)などと言わないで下さい)
ちょっと押してから続きを読んでね。
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posted by tano at : 2007年07月11日 | コメント (5件) | トラックバック (0) List  

2007.07.10

アイヌ民族の婚姻様式

縄文時代の人々は、どのような婚姻様式をとっていたのでしょうか?
縄文人気質を探求する上で、最も重要な要因のひとつだと思うのですが、これだ!という文献に出くわしたことがありません
そこで、今日は、続縄文時代から繋がるアイヌ民族の婚姻様式を紹介し、冒頭の問題を探求するきっかけを作りたいと思います
アイヌ文化入門より
>結婚
本人がまだ幼いときに、親同士の約束や、あるいは仲に立った人によっていいなずけにしておき、年頃になって本人たちに伝え、結婚させます。
また、本人同士の意思による結婚もありました。
また、ある地方では、娘が年頃になると、家の南壁にトゥンプといわれる小室を設けて娘を住まわせ、遊びにくる男性のなかから相手を選んだりしました。
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おや!これって夜這いの風習ではないの?と思った方は、ポチッとどうぞ 🙄
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posted by naoto at : 2007年07月10日 | コメント (2件) | トラックバック (0) List  

2007.07.09

縄文ー古代通信NO4(19年7月号)

この縄文ー古代ブログも開設して10ヶ月が経ちました。参加者も増えて投稿者だけで25人、会員全体を含めると現在39名を数えます。
参加者をハンドルネームだけで紹介してみます。
さーねさん。/etoさん。/くまなさん。/ぶんちゃん。
しまさん。/ひろしさん。/カッピカピさん。/ryouさん。
まえやん。/竜神さん。/ムカイさん。/ナオトさん。/マルさん。
ムーランさん。/ゆーゆーさん。/大28さん。/とくまるさん。
みつこさん。/ピングーさん。/ドキドキさん。/縄文10さん。
サカシュンさん。/サーハさん。/タカアツさん。/ノリオさん。
そして私tano。

多い方で既に10投稿以上していただいています。
さーねさん、etoさん、私と一緒に管理人をしているクマナさん、ひろしさんが上位投稿者です。
とくまるさんはこの5月に入会されています。6月にも2名参加されています。また新しいハンドルネームで参加くださいね。
こうやって縄文や世界古代史で繋がる環が広がってきています。
読んでいるだけの方でもどんどん会員登録下さい。別に何か特別なものがあるわけではありませんが、素人の歴史好きが集まって古代史から現代の問題を学び取ろうという主旨に賛同されれば歓迎ですよ。
今日はちょっと営業トークになりましたが、今月もどんどん新たなテーマにチャレンジしてきましょう。
今月のテーマは
「インカ・アステカの謎に迫る!」
「中国文明のなんで」
「縄文時代のなんで」と一旦設定しました。
縄文時代のなんでは既に答えが出されてきていますのでカッピカピさんさらになんで?を出してみてください 😉
またまた応援お願いします
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posted by tano at : 2007年07月09日 | コメント (2件) | トラックバック (0) List  

2007.07.08

大事な式典に雨が降ったらどう言いますか?

鬱陶しい梅雨が続きますね。
私はこの間、仕事の関係で起工式を行いました。
100人くらい集まって建設の最初に安全を祈願する式典です。
その日も雨・・・残念と思っていたところ、挨拶の席で司会の方が天候についてサラッと語りました。
「このよき日に神様から恵みの雨をいただきました。」
普通なら、
「雨降って地固まる」というのがこういう場合の言葉なんですが、クリスチャンの司会の方は実にうまく天気を言い表わされました。
それを聞いて、そぼ降る雨は気持ちよく、天から恵みをいただいているような気持ちになりました。
恵みの雨・・・鬱陶しい雨
少しの違いなんですが、言葉って大事ですね。
きっと縄文の人の梅雨時期の空を見上げて天からの恵みだ!と嬉々としていたんでしょう。
そう思うと鬱陶しさもちょっとさわやかな気分になってきませんか!
😀
最近どんどん読者が増えてありがたいです。さらに応援お願いします!
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posted by tano at : 2007年07月08日 | コメント (4件) | トラックバック (0) List  

2007.07.07

【仮説】縄文:ふさわしい時代区分は?

こんばんは、さーねです 😀
今日は、カッピカピさんが先日投稿された縄文時代のなんで新テーマ①縄文時代を土器で時代区分するのはなんで?でカッピカピさんが言われている時代区分新基準に挑戦したいと思います
僕自身も、去年縄文の時代区分を投稿しました。多くの歴史が権力支配の興亡によって、時代が区分されているのに対して、土器による時代区分はある意味新鮮でした 😮
カッピカピさんの記事を読んで、るいネット縄文・弥生論争への視点を改めて読んでみました

現在弥生時代開始が500年遡るのではないか?との論争が花を賑わせている。しかし私はこの論争自体に少し違和感を感じている…
…つまりその背景にあるのは、マルクスの提起した、「生産様式が社会構造の根底にある」という見解である。従って必然的に各指標の中でも「稲作の開始」が決定的に重要なものとされている。
私はこの点において注目すべきは社会統合の様式ではないかと思う。人類社会は共認によって統合される…

このような、歴史構造そのものに対する認識転換が必要という気がします。極端に言えば、土器による区分は年代判断をするためのものであり、その時代の生活の様子や外圧状況を想起させるものではないと思います
まずは、集団のあり方や外圧状況に視点をおくような時代区分を設定してみたらどうでしょうか?素人的発想の【仮説】ですが、皆さんと一緒にテーマ付けをしていけたらなと思います
今日は、阿蘇ネットワーククラブ(日本超古代文明年表)を参考にさせて頂きました
joumonnirasuto.bmp
このような、生活が想像できるような歴史を
みんなが認める歴史事実をつくろう
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posted by sawatan at : 2007年07月07日 | コメント (4件) | トラックバック (0) List  

2007.07.01

中国文明:森に囲まれた殷墟~霊的儀礼としての狩猟

今晩は、さーねです 😀
については、このブログで色々調べられてきましたが、その支配の構造や祭祀の状況などがクローズアップされてきました。今日は、殷時代の生活をより鮮明にする上で、当時の気候・自然環境と狩猟について紹介したいと思います
参考にさせて頂いたサイトは、原宗子のホームページちょっと覗こう!!古代中国の環境です 😮 学生向けの講義用レポートのようで、量はありますが面白いです 🙂
6-1a.jpg
なんと、古代、殷墟の周りはだった

今日、見渡す限りの麦畑やトウモロコシ畑が広がる殷墟周辺、つまり、自然の森林など稀有な場所に、100年の間、2,3日おきに狩猟ができ、収穫がある(卜辞には、鹿やイノシシ、水牛に近い動物などが、数十頭~数頭捕獲できたという記録が残る)ようなしんりんが広がっていたという状況である。

原宗子のホームページより
中国文明はまだまだ未解明
一緒に追究しませんか
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posted by sawatan at : 2007年07月01日 | コメント (2件) | トラックバック (0) List  

2007.06.30

中国文明のなんで?

こんにちは、etoです。
カッピカピさんが『縄文時代のなんで?』をUPしていただきましたが、更に盛り上げるために『中国文明のなんで?』をあげてみました。継続テーマも含め、古代中国ファンのみなさん、頑張って追及していきましょう!
新テーマ①
・古代の母系社会は、どんな社会を形成していた?
 その婚姻制はどうだったのか?
 新テーマでもないですが、やはりここは外せないですね。
 洞窟を出た古代中国人は、どのような生活をし、どのような婚姻制だったのでしょうか?
 これまでの関連投稿は、
 古代中国が一妻多夫制だったって本当?
 中国の母系氏族社会
 道教~母系氏族社会を源流とした共同体規範
 古代中国:母系氏族共同体の特徴
継続テーマ①
・母系→父系へは、いつどのように転換した?
 るいネットでは、父系の始まりは遊牧民族であり、掠奪の玉突きと共に各地へ拡がっていった、とされています。且つ、父系転換が人類史のターニングポイントだったと。これも外せないテーマですね。
『古代中国:父系氏族社会への移行』においては生産様式が採取から農耕へと変化するのに伴い父系に転換したとありますが、どうだったのでしょう。
そこで、次のテーマに繋がります。
 これまでの関連投稿は、
 中国文明の王位継承=世襲制とは?
 中国文明:姜寨遺跡の婚姻制~男達の性への欠乏△・掠奪前夜
 古代中国における父系制への転換と宗教
 古代中国:父系氏族社会への移行
新テーマ②
・北方遊牧民族はどのように中国文明に影響を及ぼしたのか?
 父系の始まりが遊牧民族であるとすれば、彼らはいつ南方へ下りてきた(攻めてきた)のでしょうね。そして、どのような関わりがあり、何が変わっていったのでしょうか?
 これまでの関連投稿は、
 波状的に遊牧民がやってきた古代中国~殷(商)・周~
 馬が強大な軍事国家を作り出した。
 騎乗技術が遊牧民族を巨大な軍事国家へと後押しした?
 馬の家畜化により製鉄技術向上と戦争が激化した
新テーマ③
・なぜ中国人は自己中=個人主義が強いのか?
 ちょうどるいネットでも紹介されていますが、中国人は血縁の結束力は強いが、他に対しては出し抜くことばかり考えているという。その源流はどこにあるのでしょうか? 今や中国はアメリカ以上のビジネスパートナーですが、彼らを良く知らなければうまく付き合っていくこともできませんね。
掠奪闘争の長い歴史、社会規範の変遷、思想的背景などいろいろありますね。そこで、一部関連する疑問として↓④に続きます。
 これまでの関連投稿は、
 黄河文明は恐怖の人骨文明か !?、ゾゾー・・・
 黄河文明 古代の戦争は呪力と呪力の闘い!?
新テーマ④
・中国にはなぜ多くの民族が存在し、今も現存するのか?
 いったい、どんな民族があり、どんな生活をしているの?
 母系氏族社会の共同体規範は消滅してしまったのだろうか?
 ③のテーマと関連するか分かりませんが、中国には生活様式がまるで違う少数民族が多数存在しますね、日本では考えられないことですが、今でも○○自治区なんていうのがあって、未だに国家として統合されていないんじゃないかという疑問もあります。いったいどうなっているんだろう?
新テーマ⑤
・戦国時代、一度に大量の学者が発生したのはなんで?
 これも③に関係するか分かりませんが、戦国時代には諸子百家なるものが登場しては活躍していますね。いったいなぜ同時期に多数の学者・学派が登場したのでしょう? そしてどのように思想的に統合されていったのでしょうか?
新テーマ⑥
・中国文明から縄文に、何が伝わったのか?
 縄文との関連テーマですね。
 これまでの関連投稿は、
 長江文明の担い手『苗族』が日本に渡来し、稲作文化を伝えた
あれこれと疑問発であげてみましたが、他にもあれば是非お寄せください。
また、関連投稿を載せてみましたが、これまでもるいネットでは多数の追求投稿があり、むしろそちらをまとめてみる方が、どこまで追求されていて何が残っているのかが整理されるので、必要かもしれません。これは、各テーマに挑む有志にてチャレンジして欲しいと思います(笑;)
応援ヨロシクです♪
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posted by nishipa at : 2007年06月30日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2007.06.29

最古の戦争犠牲者は縄文人だった

😀 くまなです
前回、最古の戦争犠牲者の紹介をしました。今回は、それが縄文人だった、という話しです。

この熟年男性は、骨をみると、列島の土着の、いわゆる「縄文人」の体つきをしている。おまけに、歯には、縄文時代以来の古い因習である抜歯のあとがうかがえるという。

「縄文人の体つき」というのは、いわゆる低顔、低身長のことです。
抜歯については、縄文晩期には「叉状研歯」なるものも出現しています。これについてはbunchanの叉状研歯(しゃじょうけんし)って!?」をご覧ください。

身も心も縄文人のようにみえる男性に突きささった朝鮮系の武器。渡来人が、武器を振りかざして縄文人にせまる状況が目にうかぶようだ。事実、そういう場面もあったにちがいない。

さらに、この男性が埋葬されていた墓は…
続きのまえに、 ポチっと応援よろしくお願いします。
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posted by kumana at : 2007年06月29日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2007.06.28

東北地方に縄文遺跡が多いのはなんで?

こんばんは bunchanです。
カッピカピさんがいろんなテーマをひろってくれましたが、その中で、新テーマ④  東北地方に遺跡が多いのはなんで?
を考えてみたいと思います。
まず、縄文時代の遺跡が多かったのは・・・
ウィキペディアで縄文遺跡一覧で遺跡数を数えてみました。 
北海道 ・・・6
東北地方・・・35
関東地方・・・37
中部地方・・・20
北陸地方・・・10
近畿地方・・・16
中国地方・・・11
四国地方・・・9
九州・沖縄地方・・・21
けっこう中部や関東も多い・・・遺跡数でいくと、中部・関東・東北あたりが多いようです。
人口のほうはどうなっているかというと・・・
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画像は授業で使えるQUIZ日本史さんよりお借りしました。
日本列島の中部より東や北のほうが遺跡数、人口密度が高いですね~!
なぜなんでしょう
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posted by bunchan at : 2007年06月28日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2007.06.27

縄文時代の言語の変遷と土器文様との関係

simasanです  「縄文と古代文明」ブログへの投稿、久しぶりですが、
今日は、カッピカピさんが提案している 「新テーマ」 について考えてみました。 😛
新テーマ③縄文時代の言語体系ってどうなってたの?を調べていくうちに、実は
新テーマ⑤中期以降の縄文土器の模様が複雑になったのはなんで?
と繋がっているのではないか?と思うようになり、両方考えてみました。
知りたいっと、思った方はポチッとお願いします!
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posted by simasan at : 2007年06月27日 | コメント (6件) | トラックバック (0) List  

 
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