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再考「扇」~第2回 古代信仰の謎を解く鍵

この白井忠俊様の書いた随筆”再考「扇」”は扇という日本固有の道具から縄文由来の歴史さらにその背後にある本質を明らかにしようとする試みです。第1回 [1]では扇とは樹木の葉を表したものであり、その樹木とは古来からある神木ではないかという仮説まで紹介しました。第2回はさらにその樹木とは何か、樹木で何を具体的に表現したのかを追求していきます。
縄文人は森の文化であり、樹木とは切っても切れない関係です。樹木に神が宿り、その神を身近なものとして身につける道具が扇だったのではないでしょうか?第2回では吉野民俗学の根幹にある「性」が登場します。古代人(縄文人)は性を神に近い領域で神秘的なもの、重要な事として捉えていました。
ーーーーーーーー以降、原文の転載ですーーーーーーーーーーー

扇は信仰のなかで重要とされる神木の葉っぱを表すと考えました。

それでは、呪力を持った樹木とは何でしょうか?そして、どのような樹木の葉を模しているのでしょうか?
その樹木は南方に育つ、ヤシ科の“ビロウ(蒲葵)”ではないかと予想されました。

ビロウとは
学名   ビロウ(ビンロウ檳榔との混同によりビロウとなる。檳榔とは別種)
漢名   蒲葵
和名   アヂマサ
沖縄名  クバ
上記の名称があります。

次に扇の祖先がビロウだと考えられる理由は以下になります。
①  沖縄では御嶽(うたき)において神木として扱われている。(御嶽とは本土における神社の祭祀処)
②  ビロウの葉を乾燥し、形をととのえ、蒲葵扇(くばせん)という団扇が作られている。
③  「古事記」「日本書紀」「延喜式」「和名妙」「続日本紀」などの古文献のなかに散見される。
④  ※日本の最重要の祭り「大嘗祭」のなかで、禊を行う百子帳の屋根材に用いられるほど神聖視されている。
⑤  平城宮趾から出土した檜扇がビロウの葉に似ている。
⑥  蒼柴垣神事に重用される「長形の扇」がビロウの葉に似ている

以上がビロウの葉が扇の原型である理由になります。
柳田国男も「海南小記」にて“阿遅摩佐(あじまさ)の島”という一章をもうけ、本土におけるビロウの葉の重要性について書かれています。

 ではなぜ、ビロウは神木となったのでしょうか。
その謎を解明するため、ビロウを見ておかなければならないと思い吉野先生はビロウが群生する宮崎県の青島へと向かいました。
この島は「海幸彦・山幸彦」で有名な山幸彦=彦火火出見命(ヒコホホデミノミコト)をまつる青島神社があります。
余談ですが私も1999年に旅行で訪れ、日本とは思えない南国の景色に圧倒されたことを覚えています。

この場所が吉野民俗学の原点になります。
吉野先生は人生で2度目に訪れた青島を歩きながら一度目に訪れた修学旅行を思い出していました。

しかし、その次に妙な感じに襲われました。頭に浮かんだそのかんじはみるみるうちにふくれあがって心の中に居座りました。
「この木は一体何だろう」
いま目前にみるビロウは、こころもち傾きながらも直立し、下枝はない。その木の肌は妙になまなましく、見ていると何となく気恥しくなってくる。その樹皮の皺が気になるし、また何か固いような、それでいて柔らかいような、木そのものがもつ風合がこれまた、口ではちょっと説明しにくい微妙なものなのである。
「この木、男の人のあれじゃないのかしら」
~吉野裕子著「扇」から抜粋

吉野先生はある新発見をされました。
それはビロウが男根に似ているのではないか?ということです。
大胆な仮説ながら、直感はフィールドワークを積み重ねていくと思いがけない一致と巡りあってゆきます。

この新発見をまとめると 「扇=蒲葵=男根」 という関係になります。

この関係性を裏付ける客観性を持った新事実は那智大社の扇祭になります。この古い祭りでは一般的な神輿とは構造の異なる扇神輿と呼ばれる細長い(幅1m高さ10m)の神輿がつくられます。

扇2-1 [2]

金地に赤い日の丸のついた扇をたくさん飾り、12体が並びます。この様子はビロウの葉と幹を表しているようにも見えます。扇神輿が並んだ行列の前には等身大の「大扇」が先頭に立ちます。そして那智の滝へと向かいます。この大扇は「馬扇」ともよばれ、扇面には馬の絵が描かれています。

吉野先生は宮司さんから昔の祭の様子を聞き取りました。
「扇面には今は馬の絵が描かれている」「だけどね」と声を落として宮司さんはチラリと洩らされました。昔は「異形のもの」つまり「男根」が描かれていた、ということでした。「しかし、時代が降るにつれて、そんな格好の悪いものはお祭りに出せなくなって、馬にかえたらしい、馬は陽の動物だから」と説明されました。
驚くことに那智の扇祭りにおいて「扇と男根」が結びつきました

なぜ形状が似てもいない「扇と男根」が結びつくのか?その謎を解く鍵はビロウではないでしょうか。ビロウの形状が男根に見立てられていたと考えなければこの謎は解けません。

扇=蒲葵=男根
そのように考えると扇神輿の形体はビロウの葉と幹がそろっていることになります。扇神輿はビロウ(=男根)そのものを表しているとも考えられます。この祭りはビロウを神木とした南の島の人々が伝えた大昔の信仰形態ではないかと吉野先生は考えました。そのため、フィールドワークは沖縄へと拡がったのです。

南国沖縄ではビロウは※御嶽(ウタキ)の神木になっています。
※御嶽とは沖縄における重要な祭祀処になります。
沖縄は本土では失われた古い言葉や信仰が残っています。

柳田国男が「海上の道」で直感し、岡本太郎も直感的に沖縄の重要性に気付きました。
古代信仰の謎を解く鍵が沖縄の「ビロウ」にあるのかもしれません。

沖縄に到着した吉野先生は沖縄民俗学の権威・新垣孫一先生(当時80歳)にお会いしました。新垣先生は柳田国男にも資料を提供したそうです。沖縄の民俗や樹木についての説明を受けてから、宮崎県青島で思いついた推測を恐る恐る新垣先生に打ち明けました。それは「ビロウは男根の象徴ではないか?」ということです。
吉野先生は固唾をのんで新垣先生の返答をまちました。ややしばらくして、新垣先生は「そうかもしれないよ」とゆっくりと頷きました。先生は高齢であり、多少耳が遠いためもう一度確認のため声を大きく訊ねました。
その答えは同じでした。

「ビロウ=男根」が推測から確信へと変わる証言を沖縄の古老から得ることができました。
吉野先生はこれを契機に更に論を進め、著書「扇-性と古代信仰」において専門的な分析をされます。
(次に続く)

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