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猿から人類の夜明け~猿人の進化・拡散の変遷~

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画像:「人類史マップ」サピエンス誕生・危機・拡散の全記録P82-P83(日経ナショナル ジオグラフィック社)人類の群島より

みなさん、こんにちは!

今回は、原人からさらに遡って「猿人」と呼ばれる時代の人類の進化について調査・整理してみたいと思います。

 

現在、この地球という惑星に生息する唯一の人類「種」はホモ・サピエンスですが、その昔の約300万年前にホモ属が現われ、複数の「種」が存在していました。ホモ属からさらに遡ると、アウストラロピテクス属、パラントロプス属、ケニアントロプス属、アルディピテクス属、オロリン属、サヘラントロプス属など、多くの「人類以前」の多様な進化があったこともわかっています。

 

さらに約1300万年前に生物界において1つの発明がありました。熱帯地域(アフリカ、ユーラシア)のどこかで、「脊椎動物」に属する「哺乳類」の中で「霊長類」と呼ばれる長い4本の足を地面につけて歩いていた生物(シヴァピテクス属)が森林の草原化に適応するため2本足で立ち上がったということ。この人類の基礎と呼べる私たちの近縁種の歴史が始まったのです。彼ら「人類以前」の種たちは見事な系統樹ができるほど多様な適応と放散の中で絶滅を含む自然淘汰、進化積層のプロセスを経てホモ属(原人)に進化していきました。

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画像:「人類史マップ」サピエンス誕生・危機・拡散の全記録P26-P27(日経ナショナル ジオグラフィック社)人類の進化図より

未だに解明されていないことだらけの「人類の進化」ですが、唯一確かなのは、この入り組んだ進化系統樹の中で、私たちホモ・サピエンスだけが淘汰適応の結果生き残ったということ。私たちは、まだまだ私たちのことを知らないのです。今回ご紹介するのは現在わかっている範囲に留まりますが、今後さらに新たな発見がなされる過程で、思いもよらない人類の進化のターニングポイントに出くわすかもしれません。

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1300~800万年前:シヴァピテクス

■ 1300~800万年前:シヴァピテクス(ラマピテクス)(インド北西部・シワリク)

シヴァピテクス属に属する化石類人猿の一種。中期から後期の中新世の南アジアなどに生息していたとされるヒト上科の生物(化石類人猿)。インド北西部のシワリクで 1910年に発見され,1970年代に頭骨化石が発見された。インドの神の名から名づけられた。アジア、アフリカ、ヨーロッパなどに生息していたとされる。70から150パウンドと、大型で広い頬骨が特徴で、四足歩行をしていたとされる。現生の類人猿の祖先と言われ、近年ではオランウータンの祖先との説が有力視されている(オランウータンと猿人の分岐)。

 

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700~680万年前:サヘラントロプス・チャデンシス

■ 700~680万年前:サヘラントロプス・チャデンシス(中部アフリカ・チャド)

サヘラントロプス属に属する化石人類の一種。新生代新第三紀中新世末期のアフリカ大陸北中部(現在のサハラ砂漠の一角、中部アフリカの北部、チャド共和国北部)に生息していた霊長類の1属である。2022年現在、最古の人類と言われている。2001年に発見され(トゥーマイの発見)、明くる2002年に発表された(2005年の愛・地球博で来日し注目を集めた)。大後頭孔が頭蓋骨の下方にある。このことから、直立二足歩行していた可能性が高い。眼窩上隆起(目の上の出っ張り)が著しく、犬歯はやや小型。推定身長は1.20~1.30m、推定体重は 35kg前後。脳容量は約350~380ccでチンパンジーと同等(チンパンジーと猿人の分岐)。

 

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610~580万年前:オロリン・トゥゲネンシス

■ 610~580万年前:オロリン・トゥゲネンシス(中央東アフリカ・ケニア)

オロリン属に属する唯一の化石人類。学名は、ケニアのトゥゲンヒルズで化石を発見した研究者らによってつけられた。ヒト亜科に属し、ヒトの系統がチンパンジーと分岐して以降の祖先の可能性がある属・種としては、サヘラントロプスに次ぎ2番目に古い。推定身長は約1.20~1.30m、推定体重は 35kg前後。頭蓋骨が見つかっていないため脳容量は不明。

 

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580~520万年前:アルディピテクス・カダッバ

■ 580~520万年前:アルディピテクス・カダッバ(東アフリカ・エチオピア・アワッシュ川中流域)

アルディピテクス属に属する化石人類の一種。アウストラロピテクス属より、いっそう古い時代の化石人類。 哺乳綱-霊長目-ヒト科-ヒト亜科に分類、ヒト族-ヒト亜族の1属であり、アルディピテクス・ラミドゥスとアルディピテクス・カダッバの2種からなる。エチオピアのアファール盆地にある約440万年前の地層から1992年に発見された猿人(ラミダス猿人)の化石を機に新しい属として発表された。推定身長は約1.20m、推定体重は50kg、脳容量は約300~350ccでチンパンジーと同等。

 

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440万年前:アルディピテクス・ラミドゥス

■ 440万年前:アルディピテクス・ラミドゥス(東アフリカ・エチオピア)

アルディピテクス属に属する化石人類の一種。猿人の全身骨格として最初に発見されたルーシー(約318万年前)や、現存最古の幼児の全身骨格であるセラム(約332万年前)よりも100万年以上さかのぼるアルディは、2010年代初頭の時点で化石人類最古の全身骨格をそなえている。頭蓋骨、歯、骨盤、手足など、初期ホミニンの化石としては最も多くの部位が残されており、重要な箇所の残存という点でもルーシーを上回る。その分析結果は、従来推測されていた人類と類人猿の最も近い共通祖先の姿を大きく覆すなど、古人類学の研究に大きな衝撃をもたらした。身長は120 cm、推定体重は50kg、脳容量は約300~370ccでチンパンジーと同等。

 

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390~290万年前:アウストラロピテクス・アファレンシス

■ 390~290万年前:アウストラロピテクス・アファレンシス(東アフリカ・エチオピア北東・ハダール村)

アウストラロピテクス属に属する化石人類の一種。研究の結果、アウストラロピテクス属とヒト属の共通の祖先であると考えられている。化石はアフリカ東部のみで見つかり、有名なルーシーを含むその他の大部分はエチオピア北東のハダール村で発見されている。現代の、また絶滅した類人猿と比べて犬歯や奥歯は小さいが、現代のヒトよりは大きい。顎が前に突き出た原始的な顔をしていた。成人オスは身長151 cm、体重42 kg、メスは身長105 cm、体重29 kgで、脳容量は約380~430ccでチンパンジーと同等。華奢型に分類される。

 

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350~320万年前:ケニアントロプス・プラティオプス

■ 350~320万年前:ケニアントロプス・プラティオプス(中央東アフリカ・ケニア・トゥルカナ湖)

ケニアントロプス属に属する化石人類の一種。1999年に発見された。化石は大きくて扁平な顔を持ち、つま先の特徴から直立二足歩行していたと推測されている。歯は典型的な人類と類人猿の中間の形。学名は、「ケニアの扁平な顔の人」の意を表し、この属は現在この一種しか見つかっていない。骨格や見つかった地域などから、後の時代の化石人類の一種であるホモ・ルドルフエンシスとの連続性が指摘されている。推定身長は1.50m、推定体重は38~50kg、頭蓋骨が見つかっていないため脳容量は不明。

 

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350~300万年前:アウストラロピテクス・バーレルガザリ

■ 350~300万年前:アウストラロピテクス・バーレルガザリ(中央アフリカ・チャド・バーレルガザリ渓谷)

アウストラロピテクス属に属する化石人類の一種。チャドのコロ・トロ近くのバーレルガザリ渓谷で発見された。発見された化石は、下顎の破片と下顎第二門歯、下顎の2つの犬歯と、歯槽に付着したままの4つ全ての小臼歯。下顎にはアウストラロピテクス・アファレンシスのものと歯学的な類似性が見られ、独立した種ではなくアウストラロピテクス・アファレンシスの亜種であるとされている。この種が、中央アフリカで発見された唯一のアウストラロピテクス属であるというのは謎になっており、地理的な条件から初期の人類の進化の3つ目の入り口の存在を示す初めての化石となっているという意味で重要との見解がなされている。推定身長は1.20~1.40m、推定体重は35~40kg、脳容量は約450cc華奢型に分類される。

 

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300~200万年前:アウストラロピテクス・ガルヒ

■ 300~200万年前:アウストラロピテクス・ガルヒ(東アフリカ・エチオピア・アワッシュ川中流域)

アウストラロピテクス属に属する化石人類の一種。1996年にエチオピアのアワッシュ川中流域のBouri村近郊で発見された。当初は現存する人類の直接の祖先であると考えられたが、現在では、アウストラロピテクス・ガルヒは他のアウストラロピテクス属の種よりは進化していたとしても、ヒト属の祖先の種の競争相手の一つに過ぎなかったと考えられている。発見された種は新種であることが確認された。推定身長は1.20~1.40m、推定体重は35~40kg、脳容量は約450cc華奢型に分類される。

 

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300~200万年前:アウストラロピテクス・アフリカヌス

■ 300~200万年前:アウストラロピテクス・アフリカヌス(南アフリカ・キンバリー近郊)

アウストラロピテクス属に属する化石人類の一種。鮮新世の化石で、南アフリカの4箇所のみである。タウン(1924年)、スタークフォンテイン(1935年)、マカパンスガット(1948年)、グラディスヴェール(1992年)で見つかった。この種より古いアウストラロピテクス・アファレンシスと同様、体格がほっそりとしている。頭蓋骨は現代人と同様に大きく、アウストラロピテクス・アファレンシスよりも現代人と顔つきが似ていた。推定身長は1.30cm、推定体重は20~30 kg、脳容量は400~500cc華奢型に分類される。

 

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270~230万年前:パラントロプス・エチオピクス

■ 270~230万年前:パラントロプス・エチオピクス(中央東アフリカ・ケニア・トゥルカナ湖、エチオピア)

パラントロプス属に属する化石人類の一種。この種は頭蓋骨が左右方向に広がって顔面も広くなり、咀嚼力が強くなった。アウストラロピテクスよりも頑強な種。生息年代は、鮮新世の終盤といわれている。パラントロプス3種のうち、最後(1985年)に発見された。先に発見されていた1938年のP.ロブストス、1959年のP.ボイセイと同様に、頭頂部に矢状稜があり、頭骨が頑丈なことを示している。頬骨弓からは、ゴリラのように強力な噛む力が想像される。アウストラロピテクス・アファレンシス直系の子孫である可能性が高いとされる。 3種のうち最も古い種とされている。推定身長は1.20~1.40m、推定体重は約30kg、脳容量は約410cc頑丈型に分類される。

 

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250~200万年前:パラントロプス・ロブストス

■ 250~200万年前:パラントロプス・ロブストス(南アフリカ)

パラントロプス属に属する化石人類の一種。1938年に南アフリカ共和国で発見され、クロムドライ、スワートクランズ、ドリモレン、ゴンドリン、クーパーズでのみ見つかっている。スワートクランズの洞窟では130個体分とされる骨が見つかった。歯の形状の研究によって、17歳まで生きた者は滅多にいなかったことが明らかとなった。この発見は、ホモ・サピエンスへと続く進化の軌跡は真っ直ぐなものではなく多くの分岐を持っていたことを明らかにした。オスは身長120cm、体重54kgで、メスは身長1m以下、体重40kgしかなかった。明らかに性的二型である。歯はP. boiseiのものと同程度の大きさだった。ナッツや塊根のような固い食物を食べていたと推測されている。脳容量は410~530ccでゴリラと同等。頑丈型に分類される。

 

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240~140万年前:ホモ・ハビリス

■ 240~140万年前:ホモ・ハビリス(中央東アフリカ・タンザニア・オルドヴァイ)

ホモ属(ヒト属)に属する化石人類の一種。 ラテン語で「器用な人」の意。1964年、タンザニアのオルドヴァイで発見された。現在分かっている限り最も初期のホモ属。地質年代の第四紀は、ホモ・ハビリスに代表されるホモ属の出現を基準に、地質層序や気候変動を併用し開始年代が決定されている。初期型ホモ・エレクトスへと50万年以上に渡って同時期に存在していたとされている。ホモ・ハビリスは、ホモ・エレクトスとは共通の祖先から枝分かれし、現生人類へと繋がることなく絶滅した種であるという見解がなされている。容姿はヒト属の中では現生人類から最もかけ離れており、身長は大きくても135cmと低く、不釣合いに長い腕を持っていた。脳容量は約550ccで現生人類の半分ほど(アウストラロピテクス属とホモ属の分岐)。

 

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180万年前:アウストラロピテクス・セディバ

■ 180万年前:アウストラロピテクス・セディバ(南アフリカ・マラバ地方)

アウストラロピテクス属に属する化石人類の一種。2008年に南アフリカ共和国のマラバ地方の洞窟で発見された10代前半の少年と30歳前後の女性だった。骨格の分析から、樹上生活していたが直立歩行と道具の使用が可能であったという。今後の研究で数十万年さかのぼることもあり得るという。ホモ・ハビリスか、ホモ・エレクトスの直接の祖先にあたる可能性があるとされている。

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