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人と動物のかかわりの歴史~暮らしの中の動物

人間は、自然に抱かれ、自然とともに生きてきました。その中で動物は、ペットとなり、食料となり、労働力となるなど、常に人間と関わってきました。人間と動物との関係は、『古事記』『万葉集』などの書物や絵巻物はもちろん、遺跡から出土する資料からも明らかにできるのです。

「人とともに暮らす」動物の代表は、犬などのペット。縄文時代や弥生時代にも人間のそばには犬がいましたが、狩猟のために飼育されていたもので、ペットとして愛玩されていたのではありません。  動物をペットとして飼うようになったのは、今から約1500 年前の古墳時代。奈良・平安時代には大陸からさまざまな動物が持ち込まれ、珍しい動物を飼うことが流行しました。特に猫は「手飼いの虎」と呼ばれ、可愛がられました。ただし、ペットを飼っていたのは、天皇や貴族など一部の権力者だけ。ペットが庶民に広まるのは、金魚や小鳥の大量繁殖が始まる、江戸時代後期(約200 年前)になってからのことです。

豊岡市立歴史博物館ニュースより

暮らしに役立った動物たち

動物は、さまざまな形で人間の暮らしに役立ってきました。肉が食料になったのはもちん、硬い骨や角は釣針などの道具になり、美しい貝殻や鼈甲(ウミガメの一種の甲羅)は工芸品にも用いられました。また、馬は移動手段に、牛は牛車や田畑の耕作に、鵜や鷹は狩猟になど、足の速さや力の強さなどの特長を活かして、労働力としても活躍しました。  現代、動物は科学技術の進歩に大いに役立っています。例えば、500 系新幹線には、騒音防止のためカワセミの嘴やフクロウの羽の形状が採用されています。このように、動物は私たちの暮らしをより幸せにしているのです。

動物埴輪の世界

古墳の周りに立て並べられた埴輪。そのうち、動物の埴輪は馬・鹿・鶏・水鳥が中心で、多くの動物がいた古墳時代でも、埴輪に表された動物は限られていたことが分かります。 動物の埴輪に込められた思いはさまざま。例えば、鶏は『古事記』神話に朝を知らせる霊鳥として描かれていて、光を呼び込んで死者に近づく邪気を払う役割がありました。また、馬具で飾られた馬は、権力者の威厳を示し、死者を来 世へと導く意味があったと考えられています。動物埴輪を調べることで、古代人の死者への思いも理解することができるのです。

祈りの場に登場する動物たち

古来より、まつりやまじないの場にはさまざまな動物が登場します。動物に込められた祈りは、豊作や雨乞い、厄除けなどさまざま。その意味や役割は 時代ごとに異なっています。  あらゆる自然に霊威を感じていた縄文時代には、特定の動物に祈りを奉げることはありませんでした。しかし、稲作が本格化する弥生時代以降、豊作を祈り、収穫に感謝するまつりの場で、多くの動物が登場。特に、馬は「神の乗り物」とされ、雨乞い や農耕に関わるまつりの場で頻繁に用いられるようになりました。

食料となった動物たち

人間が生きていくためには、動物性たんぱく質や脂肪が必要。縄文時代の貝塚からは動物の骨や貝が大量に出土していて、多くの動物が食べられたことが分かります。また、動物を捕えるための弓矢や漁具も発達しました。 しかし、仏教の普及とともに「殺生は罪悪」という思想が広まり、肉食は避けられていきました。しかし、野生の魚・鳥の食用は続いていたほか、狩りや漁をして暮らす人々がいたことも事実。鎌倉時代には、「動物を殺して食べれば、人と一緒に成仏できる」という殺生を功徳とする考えが広まり、 人々は葛藤しながらも狩りや漁業を続けていました

人と動物の未来

私たちの暮らしは、「開発」「発展」することで便利で豊かになりました。しかし、動物から見れば、生息地を破壊、追われた歴史にほかなりません。また、私たちは多くの動物の肉を食べていますが、食欲を満たすための“殺生” に後ろめたさを感じ、葛藤することはほとんどありません。 自然や野生動物に対する無知・無関心が広まった今、人間と動物がより良い関係を築いていくためには、先人たちの知恵や技術とともに、葛藤を知ることも大切。動物が語る歴史にもっと耳を傾けてみませんか。