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脳の進化過程から人類史500万年を見直す~猿人は地上に降りたのか、落ちたのか?

Posted By tanog On 2019年4月11日 @ 8:48 PM In ⅩⅠエトセトラ(その他諸々) | 1 Comment

人類の歴史を押さえる上でサルと人を分ける起点を設定する事が重要である。
サルは木に登れる、人類は木に登れない(2足方向ができる)をサルと人類の分岐点と見る説も多い。それ自身が分岐点かどうかの議論は置いておくとして、なぜ人は木に登れないのかを押さえておきたい。

学者は、「人類はサルが進化した高等種である」という前提がある。なので木に登れるサルが木に登れなくなったことを「木から下りたサル」というように解釈する説が多い。
こんなニュースがある。2017年の記事で、未だにサルが地上に降りた理由を学者達は延々と議論している。リンク [1]より引用します。

「猿人が木から降りた理由-涼求め地上生活か、「二足歩行の謎」解明に」 京大
森林の樹上で暮らしていた猿人などの人類の祖先は、高温になった際に、木の下の涼しい地上で生活するようになった可能性があることが、チンパンジーやボノボの観察で分かったと京都大の竹元博幸研究員(動物生態学)が、18日付の英科学誌電子版に発表した。
「どのようにして直立二足歩行をするようになったかなど初期人類の謎の解明に役立つ」としている。竹元さんは平成17~20年、アフリカでチンパンジーやボノボ計10頭を観察。気温を計測し、地上の方が樹上よりも涼しいことを確認した上で、地上に下りていた時間と気温の相関性を調べた。すると、低温の日は1日のほとんどを木の上で過ごしていたが、高温になると木の下の地上にいる時間が増える傾向がみられた。季節による温度差が激しい地域の方が顕著だった。
これまで人類は900万~800万年前ごろからの乾燥化による森林減少の結果、森林からサバンナ(草原)へ進出し、地上生活や二足歩行を始めたとされていた。しかし、森林で生活していた猿人の化石に二足歩行の形跡があったことや、今回の観察結果から、サバンナに出る前にも、気温の高い日は体温調節のため地上で生活していたと考えた。

人類が地上に下りた理由として学者が主張しているのは
①     サバンナが広がって木がなくなったので下りた
②     高温から避難する(涼む)為に地上に下りた。

いずれの説も非常に納得がいかない。
サルにとって樹上とは外敵が少なく、食料が豊富に得られる言わば地上の楽園である。
一たび地上に下りれば、大型肉食獣の餌食になり、その危機に常に脅かされる。草原で生きるほかの大型哺乳類たちはシマウマのように集団化したり、象やキリンのように大型化したり、外敵に対抗するために種として進化してきた。
しかし、人類は木から下りた時点ではほとんど何も進化していない。それどころか、それまで樹上で得られてきた全てのものを失い、かといって草原で生きる術ももっていない。そんな危険を冒して進んで地上に下りる事があるのだろうか?

るいネットに掲載されている実現論では木から下りたのではなく木から落ちたという説を述べており、その後の人類への進化を考えると最も整合する説である事がわかる。
サルから人類への進化は2足歩行も然ることながら、最大の進化の要因は圧倒的な外圧の上昇にあったのは間違いない。つまり木から落ちたサルは通常であれば死ぬ(=絶滅)しかなかったのである。常に死と向き合う種が人類の最初だったのである。

 足の指が先祖返りして、それ以前の獣たちと同様、足で枝を掴むことが出来なくなったカタワのサル=人類は、樹上に棲めるという本能上の武器を失った結果、想像を絶する様な過酷な自然圧力・外敵圧力に直面した。そこで、本能上の武器を失った人類は、残された共認機能を唯一の武器として、自然圧力・外敵圧力に対応し、そうすることによって、共認機能(≒知能)を更に著しく発達させた。
実現論第一部前史より [2]

サルの最大の特徴は足の指でモノが掴めるという進化である。つまり足の指5本がそれぞれ手のように自在に動いてモノを掴める、それによって樹上での生活が可能になった。通常の哺乳類の場合足の指は自在には動かない。足はものをつかめるようになってない。人類のサルからの変化は、最大の武器であった足の指の機能を失う=先祖返りという機能低下によってもたらされた。通常であればその種は生きてはいけないはずだ。実際、木から落ちたサル=人類の集団はほとんどが存続できなかったであろう。

生物学的には中々考え難いことだが、今から500万年前~600万年前にほぼ同時にアフリカのどこかでかなりの頻度で先祖返りするサルが登場し、その中で生き延びた種が2足歩行、道具を操る種になっていった。しかし、その集団とてそのまま現在の人類にまで繋がる種にはなっておらず、約400万年間、滅亡してはまた登場し、また滅亡する。それを繰り返してきた。それが人類のミッシングリンクである。

それは猿人~原人にかけての人類の外圧がどれほど厳しく、生きていくのが限界、ぎりぎりであったかを示している。次回はその人類の外圧とミッシングリンクについて触れてみたい。


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[1] リンク: https://www.sankei.com/west/news/170719/wst1707190049-n1.html

[2] 実現論第一部前史より: http://www.rui.jp/ruinet.html?i=100&c=1&t=6

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