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◆新春企画「象徴の蛇・隠喩の蛇」 ~1章 日本の蛇信仰を探る

Posted By shinichiro On 2013年1月3日 @ 10:00 AM In 未分類 | No Comments

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みなさん、新年あけましておめでとうございます
おせち料理を食べたり、こたつに入ってみかんを食べたり、初詣に行ったり、親戚や友達に会ったり。お正月ってほんといいですよね。
さて今年は、『巳年』です。私は『巳(蛇)』ってちょっと苦手 って方、結構多いのでは?
今回はいつも素敵で奥深い文章を書いてくださる、白井さんより『巳年』にちなんだ新春企画をお届けします。みなさん『巳(蛇)』に対する印象が180°変わっちゃいますよ
それではお楽しみください。

「象徴の蛇・隠喩の蛇」 ~1章 日本の蛇信仰を探る
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
2013年.今年は巳年です。“へび”について考えるには良い機会ですね。
これから、「へび調査隊」のわたくし(隊員名:ハミハミ王子)が皆さんを「へび学」にご案内します。「へび調査隊」とは世の中の名称・地名・図像・考古遺物などから“へび”を見つける巳右衛門隊長を中心とした集まりです。
蛇の目って何ぞや?へび調査隊が行く
嫌われている“へび”ですが人類が産み出した文化を見渡すと重要な扱いをされていることがわかってきます。その中でも日本ではどのように扱われてきたか、吉野裕子著「蛇 日本の蛇信仰」から紹介します。
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第1章.日本の蛇信仰を探る
「原始日本蛇信仰」と聞いて、ほとんどの方は「何それ?」と思うでしょう。
実は日本文化の根源には“へび”が深く関わっています。
吉野民俗学の根幹を成す「蛇信仰」とは、それ以前の民俗学にはない考え方です。
日本民俗学は“へび”を水の神としてのみ扱っています。しかし蛇はそれだけにとどまらず、もっと高位の祖先神・宇宙神であると吉野さんは主張します。
その証明のひとつが縄文土器になります。縄文土器に多くみられる縄目文様・S字文様・渦巻きなどは、すべて“へび”を表す可能性があります。
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           左道(さみち)遺跡 史跡尖石遺跡
ではなぜ、“へび”なのでしょうか?ズバリ次の2点だと考えられます。
①まず蛇の形態が何よりも男根を連想させること。
「爬虫類ことに蛇・亀の頭部は男根に相似であり、とりわけ、頭から尾に至るまでが一本棒になっている蛇は、神聖な神のそれとして受け取れる。蛇から性への連想の度合いは、古代にさかのぼるほど露わで激しい。(吉野)」
②毒蛇・マムシなどの強烈な生命力と、その毒で敵を一撃の下に倒す強さ。
「蛇が信仰の対象になった要因には、毒蛇の強さというものも考えられる。食物獲得のため不断に山野を跋渉する人々にとって、毒蛇やマムシは最大の敵であった。強敵故にこれを神として信仰し、その霊力の分与を願うのは自然の理であろう。(吉野)」
以上2点になります。
縄文土器以外にも日本文化にはたくさんの“へび”が隠れています。どのようなものが蛇に見立てられたでしょうか。
山と蛇
「蛇のトグロを巻いている姿勢は、いつでも敵を襲うという気迫と尊厳を内に潜めているものであって、それは見る側の人間にも不気味さと共に、一種の冒しがたいものを感じさせる。(吉野)」
「秀麗な弧を描く円錐形の山容は、それに対する人の心に一種の敬虔な信仰心をよびさまし、この世ならぬ神聖なものへの帰依を人々に促さずにはおかない。円錐形の山は、それ自体、人の心を神の世界に誘うものではあるが、蛇信仰に蔽われていた古代日本の人の目には、それはとりもなおさず、祖先神の蛇がずっしりと大地に腰を据えてトグロを巻いている姿として映ったのである。(吉野)」
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 出雲大社竜神図          三輪山
蛇の古語「カカ
カガチ・カガミ・カカシ
いずれも蛇に関係する名称になります。現在も「ヤマカカシ」の名前に残ります。
「古代の日本人は実に種々さまざまのものを蛇に見立てた。山とか樹木のような大きいものからさらに身近な小さなもの、諸種の植物まで及んでいる。うねうねと伸び広がる蔓や地下茎をもつ植物に蛇を感じ、また、赤い三角のホオズキの実莢からは蛇の頭を連想した。蛇に見立てられた植物の名称のなかには、共通して「カカ」の語が潜んでいる。(吉野)」
「カカ」一覧表
                ┌─大蛇(カガチ)
      ┌─カガチ ────┴─酸漿(アカカガチ)
      |
カカ────+─カカシ ────┬─大蛇(山カガシ)
      |         └─案山子(カカシ)
      └─カガミ ────┬─蔓植物(カガミ)
                └─酸漿(カガミゴ)
鏡(カガミ)
「漢字の「鏡(キョウ)」には、本来、「蛇の目」の意味は少しも含まれていない。その「鏡(キョウ)」を日本人は「カガミ」と訓んだ。この「カガミ」を私は「蛇目(カカメ)」の転訛として捉える。(吉野)」
「蛇の目にはマブタがないため、その目は常時、開き放しで、まばたくということがない。(略)「マバタキ」のない蛇の目に出会うと、人間はじっと蛇から睨みつけられているように思う。その結果、蛇の目は特に「光るもの」として受け取られ、古代日本人の感覚に対して、蛇の目は非常に訴えるものがあった(吉野)」
「神話や古典の中にその例をいくつかみることができる。八岐大蛇でも、その恐ろしさはまずその目から描写され、「彼の目は赤加賀智の如く」と述べられている。(略)
「三諸の岳(三輪山)に登り、大蛇を捉へ取りて天皇にみせまつる。天皇、ものいみしたまはず。そのかみひかりひろめき、目かがやかなり。天皇かしこみて目を蔽ひて見たまわず、殿の中にしさり入りたまひ、岳に放しめたまふ。」(略)さしもの勇武をもってきこえた雄略天皇さえ、雷にも似たその目の輝きには射すくめられ、辟易してしまって、捉えさせてみたものの、早々に山へのお引き取りを願っている。(吉野)」
「中国では鏡に哲学的な意味を求めようとする思想があった。(略)日本においても神器としての鏡剣がこうした中国思想に呼応するものであったことは当然考えられるが
「鏡(きょう)」にカガミの訓みを与えた当時の日本人が、このような中国思想に影響されていたとは到底考えられない。(略)中国のそれとは切り離して考察したものである。(吉野)」
三種の神器のひとつは八咫鏡です。考古学でも古墳にはたくさんの古鏡が出土されます。古代の日本人は殊更にカガミを重要視していたようです。外来の珍品のため重要視されていたと思われていますが、わざわざ輸入したカガミを鋳潰して自分たち好みに仕立て直すことまでしています。三角縁は中国では発掘されないそうです。
鏡餅(カガミモチ)
鏡餅が鏡の造形であるとはどうしても思えません。
カガミは「蛇身」の意味も含み、蛇そのものを指す語になったと推測します。鏡餅の形態はトグロの造形であり、最上段の橙は「蛇の目」はないでしょうか。鏡餅は年初に当たって歳神を迎える依代として造られるものですが、蛇身の造形であると推測されます。上から見ると同心円模様になり、「蛇の目紋」になります。
歳神の本質
毎年、お正月に歳神様は各家庭にやってきてくれます。歳神様を迎えるために依代となる門松を飾り、鏡餅をお供えします。
その歳神とは来訪神・穀物神・祖霊と考えられています。各地の言い伝えから更に容姿や性格を探っていくと、いくつかの共通点が見出され、それらは“へび”につながる可能性があります。
各地の歳神の共通点
①海や山から来る、山の神 → 蛇は山に住む
②一本足の神 → 蛇は手足がない
③作物の神 → 蛇はネズミを食べる。備蓄した米を守る
④蓑笠をつけている → 蓑笠は扇・ビンロウ(檳榔)を媒介とした蛇由来の呪物
注連縄
「日本の神祭において蛇縄、綱引きなど、縄が蛇を象徴する場合は非常に多く、縄の中でもっとも神聖視される注連縄も濃厚な雌雄の蛇の交尾の造形と私は推測する。(吉野)」
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    出雲大社          諏訪大社
濃厚な蛇の交尾 [1] 
 ※蛇が苦手な方は見ないでください。
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    奥沢神社      下古山星宮神社
日本文化の形成と洗練
蛇信仰は古代日本に限ったことではなく古代世界に共有されています。
台湾原住民パイワン族やメキシコ・アステカ族ケツァルコアトルなど、古代世界を調べれば調べるほど“へび”はあらわれてきます。
神格化・象徴化は各国と日本とでは大きく異なります。他国では“へび”を直接的にそのまま造形しますが、日本では具体的に“へび”を造形し、神格化・象徴化することは、ほとんどありません。あらゆる日本文化は「粗野から洗練へ」と同じ道を辿ります。それは“へび”の象徴化にも見て取れます。
縄文時代は“へび”そのものを露わに土器に造形しています。(それでも蛇の頭まで表現している縄文土器は多くはありません。)弥生・古墳時代の扱いは間接的に象徴化が行われます。
埴輪や装飾古墳で見られる連続三角紋、同心円、渦巻紋は幾何学模様ですがこれらは“へび”を象徴すると考えられます。
その他にも一瞥では“へび”を連想するとは思えない象徴物を産み出しました。それが鏡・剣・鏡餅・扇・箒・蓑・笠などになります。
どうやら、日本人は抽象的な思考を苦手とし、物事を見える形にして理解することを好むようです。そのため“へび”を連想させるような自然物あるいは人工物を選び出します。
日本人は「物」を神格化・象徴化する成立過程で容易ならざる厳しさをもって挑みます。
その特徴は「モドキ好き」「連想好き」「凝り性」「対称好み」「完全追求」「不完全の美」などになります。
この段階を得て“モノ”は象徴化されます。そして信仰形態は“へび”そのものを信仰するのではなく“象徴化されたもの”を信仰する方向に展開していきました。
その根底にあるのが“へび”に対する「強烈な畏敬と物凄い嫌悪」です。この緊張が高度に芸術化され洗練されて「見立て」の信仰形態になったと考えられます。
如何でしょうか?日本文化の中にどれだけ多くの“へび”が隠れていて、独自の進化をしてきたか。そして、如何に多くの象徴物が現在も残っているのか驚かれたと思います。
次回は世界の蛇信仰を通して人類史において“へび”はどのような意味を持つのかを考えます。


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