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縄文考 “ヤマト”とは何か?本編② ~なぜ”ヤマのフモト”なのか?~

Posted By ty-happa On 2012年5月26日 @ 4:00 PM In Ⅱ縄文時代 | 1 Comment

『縄文考“ヤマト”とは何か?』の本編が始まりましたね
前回の「中心軸の設定」に続き、2投稿目の今回は、「なぜ”ヤマのフモト”なのか?」です
縄文時代は関東・東海に人口が密集していました。
この二つの地方に集中しているのは、「風景」という共通点があるようです。
どこに住むかを考えるとき、そこから見える「風景」に重点を置く人も多いと思います。
それは、きっと縄文人も同じ☆
関東・東海に共通する美しい「風景」とは何でしょうか?
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2.なぜ“ヤマのフモト”なのか?
ヤマトコトバが育まれ、使用されてきた地域を考えます。
縄文時代における日本列島内の人口分布を参照します。
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前期・中期・後期において人口密度が高いのは関東・東海地方です。圧倒的に集中しています。なぜこのような偏りがあるのか、不思議に思います。新しい説でも関東・東海に人口が多いことには変わりません。
弥生時代にようやく近畿まで人口密集地域が広がります。
なぜここまで人口比率の偏りがあるのでしょうか。この疑問は食糧確保の理由で多くを語られますが、何か別の理由を感じずにはいられません。
関東・東海にどのような共通点があるでしょうか。その共通点に謎を解くカギがあるような気がします。
私は画家なので、人間が生きていくうえで重要ではない事にあえて注目します。
わたしが思う共通点は「風景」です。
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二見浦真景 明治20年
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富士吉田市歴史民俗博物館蔵
「日本」をイメージする最も有名で、ありふれた景色です。
ひとつは富士山が見える事。もうひとつは太平洋から日の出が見える事です。
富士山が見える極限の地域はもう少し広くなりますが、日常的に天気が良ければ見えるのは
茨城から三重になります。
現代でもお正月に必ず使われるイメージ画像は「富士山」と「初日の出」です。
富士山が見える物件、美しい日の出が見える物件は今でも高い付加価値があります。縄文人にとっても景色が居住地域を決定する要素であってもいいのではないでしょうか?
「富士山」と「日の出」をことのほか大切にする人々、それが日本列島に早い段階から暮らしていた私たちの祖先である縄文人だと考えます。
この共通点「富士山」「日の出」をヤマトコトバにして整理します。
富士山が見えるフモト → ヤマのフモト → ヤマト → 大和
海から日の出が見える → ヒノモト → 日本
どちらも日本国を表す言葉になります。
どちらも景色から生じた自然崇拝のコトバであり縄文由来となります。
“ヤマのフモト”の“ヤマ”は「富士山」を表すと考えます。
縄文人が暮らす地域、そして富士山が見える地域で話される言葉。それがヤマトコトバであると考えてみましょう。
するとヤマトコトバが産まれ・育まれた地域は関東・東海となります。
ですので、ヤマトコトバの発祥は関西でも九州でもないと考えてみます。教科書的には日本文化の起源に奈良・京都をイメージしますが、それは弥生時代・古墳時代以降です。
そして、もうひとつ重要なことは奈良・京都から富士山は望めません。
縄文時代から考えると多くの人々が暮らした場所は関東・東海となります。
弥生時代から人口密度の高い地域が近畿まで広がります。
この拡大領域が“ヤマト”と呼ばれた地域の広がりと考えることはできないでしょうか?
“ヤマト”は“ヤマのフモト”を表すため、漢字表記は“山門”“山処”が正しいと考えられています。しかし、ヤマトコトバを漢字で表記する正しさは何度も保留にすべきだと思います。
漢字で意味を固定化するのではなく、音声言語の“ヤマト”には重層化された意味がある
と考えるべきです。
まとめ
縄文時代の人口密度から“ヤマト”のヤマは富士山を表す。
富士山が望める地域が“ヤマのフモト”であり“ヤマト”となった。
しかし、漢字表記“山門”・“山処”は保留にする。


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