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天皇主義の行く末とは? ~次代の「環境を貫く闘争圧力」から考える~

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明治天皇 御尊影

今回は、天皇主義、天皇制の行く末について扱います。昨今、政治や大衆意識に右傾化傾向があるといわれます。戦後の極端な左寄りが是正されただけともいえますが、この流れが強くなれば共認社会への障害となる可能性もあり、今後の動向が気になる所です。そして、右傾化の傾向がもし強くなるならば、理論化(観念化)の中心には天皇制が強くかかわって来るでしょうから、天皇制の行方を考えておく必要があると思います。

「天皇」とは非常に歴史の浅い存在、大衆に知られたのはせいぜい江戸時代後半からという事実は重要に思います。参照リンク [1]リンク [2]

そして、天皇制であれ民主主義であれ、それぞれが必要とされる時代背景があるはずです。そこを読み解いた上で、天皇主義、天皇制の行方について考えて見ます。

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【1】1990年、収束不全(答えが見つからない)による国家収束、民族(→天皇)収束

70年貧困の消滅以降、社会はそれまで確固として存在した「豊かさ追求」という統合軸を失い、国、企業、学校、家庭どこで切ってもガタガタ化が進行して来ました。

そして、収束先、統合先を失った社会は、(金貸し主導で旧来の「自由主義」が原理主義形で復古する一方、)1990年代から、特に2000年代初頭より国家収束、民族(→天皇)収束の潮流が顕在化してきました。若い人ほど、意外と国や民族を意識したり(極端なケースは近隣諸国に攻撃的)、天皇、天皇制への親近感を持つ人もいるようです。

明治以来、日本の150年の近代化、さらに西洋文明と「民主主義」が限界を迎えているのは、誰もが感じている所です。しかし、だからと言って、現代、国家収束や民族(→天皇)収束が、時代の答えになっているとは思われません。

明治時代に、文明開化、富国強兵、そして近代国家を猛スピードで建設する過程では、天皇を中心とした集権体制が非常に有効に機能したのは事実だと思われます。
しかし、それはあくまで、市場競争の時代、市場競争から工業生産に収束し、さらに国家間闘争=帝国主義に入っていく過程で、有効であったに過ぎません。

日本に限りませんが、当時、特に後発の資本主義国は、工業力、軍事力を高めるには、中央集権的に強力に国家統合する必要があったのです。

しかし、現在、豊かさ実現以降、市場はむしろ縮小過程にあり、また(少なくとも先進国同士は)国家が戦争でぶつかり合うこともまずはない。そのような時代には、国家統合における天皇の位置も後退していくのは必然と思われます。では、「天皇」(や民主主義)にかわる「統合観念」とは何なのでしょうか。それを考えるためには次の論点が重要と思われます。

【2】「民主主義」も「民族の伝統≒天皇制」も答えにならない⇒置かれた環境を貫く 闘争圧力を把握する

天皇について考えるとき、西洋流の民主主義を推し進めるのか(天皇制廃止)、日本の伝統、歴史を重んじる(≒天皇制は絶対必要)のか、という二者択一に思考が陥りがちですが、>このような統合様式や統合観念に目がいってしまうのが、そもそも間違いであると思います。

現代は江戸から明治に移る時とは比較にならないほどの大転換期。生産様式が変わり、人々の欠乏も大きく変わる時代です。「天皇制」も「民主主義」も、上述のように市場時代に対応した制度に過ぎませんから、現代の、「置かれた環境を貫く闘争圧力」を把握し、深い所から考え直す必要があると思います。

以下、るいネット超国家・超市場論3 [5] 置かれた環境を貫く 闘争圧力を把握せよ より引用。

社会統合の問題を考えると、すぐに統合様式=(統合を担う)最先端機能に目が行ってしまうが、既にそこに大きな落とし穴がある。実は、最も重要なのは、その統合様式の大前提をなす、置かれた環境を貫く闘争圧力の把握である。
なぜなら、そもそも環境≒闘争圧力に適応すべく先端機能が生み出され、最先端機能であるが故にそれが統合機能とも成った訳だから、重要なのは前提となった闘争圧力の中身である。

前段で書いたように「天皇制」は市場競争→国家間闘争に適応した制度であることが分かりました。天皇制を確立した当時の「場に働く闘争圧力」とは、市場競争であり、国家間闘争(戦争)圧力でした。では、次代の「環境を貫く闘争圧力」とは何でしょうか。(そこから、天皇制や近代観念に代わる統合観念も見えて来るでしょうか。)

【3】次代の「環境を貫く闘争圧力」は認識闘争の圧力

次代の「環境を貫く闘争圧力」とは、即ち、人々の【認識欠乏】に応える【認識競争の圧力】であると思われます。
これまで人々は貧困の圧力から【物的欠乏】に貫かれ市場競争(豊かさ追求)に収束してきました。
しかし、貧困が消滅して以降、目標を失った社会はふらふら迷走し、「答えがない」状況に直面しています。現代は、「答え欠乏」→【認識欠乏】が非常に高まってきている時代です。

既に動物的な生存圧力を克服した共認社会では、環境その他の人類的課題に対する期待・応望の圧力が主活力源となり、人々の期待に応える政治や哲学や科学や芸術が=創造闘争、認識闘争が主活動となる。

次代の「環境を貫く闘争圧力」とは【認識闘争】の圧力に他なりません。

【4】認識欠乏⇒認識闘争⇒【認識形成の場】。そして、新しい統合観念は「鑑(かがみ・事実の認識体系)」となる。

そのような認識闘争の圧力をうけ、人々はそれに応える「認識形成の場」に収束していくと思われます。古代、武力闘争の時代には国家へ収束し、近代、豊かさ追求の時代には市場に収束したように、新たな欠乏⇒闘争は、新しい場、収束先を形成すると思われます。それが認識形成の場です。

「認識形成の場」の形成は、具体的にはインターネットサイトの評価競争、統合過程として登場します。あるいは日常のあらゆる仕事場面での皆の追求成果の発信の場として形成されていくでしょう。

人々の認識欠乏に応える最初の場が、『認識形成サイト』である。その場は、心ある人々をそこに収束させる最先端機能であり、そこに結集した人々に最大の活力を与える場ともなる。

しかし、その様な『認識形成サイト』は(例えば、新パラダイム派のサイトや旧パラダイム派のサイトetc)無数に存在し、場(サイト)と場の間に必然的に認識闘争=評価競争が発生する。
この認識闘争=評価競争という形の新しい同類闘争は、人々の評価共認によって収束・統合される。つまり、全ての『場(サイト)』は、人々の評価共認が形成する評価ヒエラルキーの下に組み込まれ、淘汰されてゆく。
そして、その評価ヒエラルキーの頂点に立つ『場(サイト)』の下に大多数の人々が収束してゆくことによって、そのサイトは『統合サイト』へと脱皮してゆく。

るいネット 超国家・超市場論15 [6] 『認識形成の場』こそ、新しい社会統合機構の中核である

さて、出発点は天皇主義、天皇制の行方ということでしたが、言うまでも無く、このような、新しい欠乏⇒闘争に貫かれる次代は、「天皇制」か「民主主義」か、と言った問いは有効ではありません。民主主義も天皇制も、物的欠乏⇒市場競争の圧力に基づく統合様式、統合観念だからです。
次代の統合観念は、当然、「認識闘争の場の圧力」の中に登場するはずです。

このまつり場(認識形成の場)は、参加する人々が増えるにつれて、科学から芸能までを包摂した【人類の鑑(かがみ。知の結晶)】に成長してゆく。そして、それは最終的には万人をその下に収束させた人類の最先端機能となり、同時に人類の最大の圧力源=活力源となる。そして、それこそが、新しい社会統合機構(の中核)となる。

るいネット 超国家・超市場論15 [6] 『認識形成の場』こそ、新しい社会統合機構の中核である

日本人は長く本格的な私権闘争に巻き込まれることなく共同体を維持し、そして、人工的な宗教に染まることなく、精霊信仰、精霊回路を維持してきました。明治以降の急速な天皇収束や世界史上まれに見る近代化も、このような共同体性、精霊信仰が関わってきたと見ることができます。

さて、次代には、今度は外圧を受け認識闘争に収束し、その成果と手本の集大成である【鑑(かがみ、知の結晶)】が(天皇や民主主義に代わる)統合観念となっていくのでではないでしょうか。

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