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第4部「明治以降の支配者の変遷」~‘80年代以降支配者はなぜ先祖還りしたのか

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写真はこちら [1]からお借りしました。

前々回は明治維新から戦争までの支配者の意識を、前回は戦後から‘70年にかけての支配者の意識変化を追及してきました。
 ★明治以降変質した支配者の意識 [2]
 ★戦後の支配者の意識の変化 [3]
   
  
明治維新から戦争までの支配者は、民への配慮を二の次として富国強兵へと突き進んでいきました。
戦後の支配者は、戦後復興~経済成長に向けて国を護りながら国民みんなが豊かになるため、リーダーシップをとり邁進していきました。
戦後は金貸し勢力が直接的な圧力を意図的に弱め、日本が自力で経済成長し米国の市場となるよう見守っていた時期だったため、歴史的に積み重ねられてきた「支配者による民への配慮」が復活した時代と言えます。
ところが、‘80年以降、支配者は再び民への配慮を失っていきます。
しかも、明治維新~戦後の時期に富国強兵を優先し民への配慮を「二の次」にしたのとは異なり、‘80年以降は民への配慮を「欠落」していきます。
一体何があったのでしょうか。
みなさんと考えて行きたいと思います。
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日本では、高度経済成長の時代を経て、‘70年に貧困の消滅・豊かさを実現したことにより(より豊かになりたいという意識は残存してはいますが)、人々の先端の意識は豊かさ追求に替わる新たな社会目標に向かい始めます。
しかし、政治家はじめマスコミなどの支配者層は、新たな社会期待=豊かさ追求に替わる新たな目標を想像することさえできず、相変わらず豊かさ追求を大衆に押し付けることしかできず、社会期待との乖離が決定的になり始めます。
そのような時代背景の中、支配者層は売国行為、大衆への裏切り行為に走り始めます。
‘80年以降の主な首相の動向を調べてみましょう。
  
  

中曽根康弘 ※1985以降 [6]
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写真はこちら [7]からお借りしました。
○対米従属(アメリカの命令遂行絶対)と国民共有財産の強奪
・1985年(昭和60年)04月 電電公社民営化、専売公社民営化実施
・1987年(昭和62年)04月 国鉄民営化
・1987年(昭和62年)11月 半官半民JALの完全民営化
・不沈空母発言発言
○デフレ不景気と公共投資
・年金・雇用保険等の国民共有財産を国家企業官僚の懐に入れるためのグリーンピアやリゾート法等による略奪行為と国立公園等の日本中の自然破壊
・アメリカの圧力による原発推進
・1985年(昭和60年)09月 プラザ合意で円高容認以降の長期デフレ

■宮沢喜一
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写真はこちら [8]からお借りしました。
○従米路線
・年次改革要望書を初めて受け入れた、
・PKO
○謝罪国家 
・歴史教科書誤報事件
・従軍慰安婦問題
・天皇訪中の決定

■小泉純一郎
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写真はこちら [9]からお借りしました。
「Best-Data-Navi」 [10]より
・派遣労働法改正で労働者の30%、約2000万人が非正規雇用に
・三角合併、外資の買収支配を合法化
・増税した83兆円の原資をほぼ全額、大企業の減税に充当
・デフレ下で時価会計を導入、外資へ企業資産の大安売り
・郵政民営化=郵貯マネーを外資ファンドへ開放
・後期高齢者医療制度により高齢者の負担増大
・空前絶後、累計400兆円のアメリカ国債大量購入

アメリカの年次改革要望書の強引な押し付け、それを簡単に飲んでしまう日本の支配者、これは正に属国根性そのものと言えます。
日本の支配者層は、元々「朝鮮半島で形成された属国意識=民への配慮なし」を起源としていますが、縄文体質の大衆に触れる中で次第に変質させ、「日本独自の属国意識=民への配慮あり+大衆のお上捨象(お上への社会統合委任)」を形成していきました。
朝鮮支配者は日本に来てなぜ変化したか? [11]
支配者層はなぜ庶民に配慮したのか? [12]
しかし80年以降、日本の支配者層が日本の国益を二の次にし、アメリカの利益誘導の手先となることに必死になっていく姿は、その昔「朝鮮半島で形成された属国意識=民への配慮なし」への先祖還りです。
なぜ「先祖還り」してしまったのでしょうか?
‘70年から、アメリカは景気低迷から抜け出すことができず、ついに‘00年アメリカバブル崩壊に至ります。金貸し勢力は焦りまくり、日本への圧力を一気に高めていきました。
金貸し勢力は、戦後しばらくは日本がアメリカの市場として成熟するのを見守る戦略でしたが、なりふり構わず刈り取る方針に転換します。
‘80年以降、日本の政界・上級官僚の世界では、国益や国民のことを考える真っ当なリーダーは金貸し勢力によって徹底的に排除され、言いなりになる手先だけがリーダーのポジションについていくようになります。  
  
金貸し勢力によって排除されたと考えられる政治家たち [13]
・田中角栄 逮捕 ロッキード事件 (←東京地検特捜部)
・竹下登  失脚 リクルート事件 (←東京地検特捜部)
・金丸信  失脚逮捕 佐川急便献金・脱税 (←東京地検特捜部&国税) 
・中村喜四郎 逮捕   ゼネコン汚職 (←東京地検特捜部)
・小渕恵三 (急死)(←ミステリー)
・鈴木宗男 逮捕 斡旋収賄 (←東京地検特捜部)
・橋本龍太郎 議員辞職 日歯連贈賄事件 (←東京地検特捜部)
・小沢一郎  西松不正献金事件 (←東京地検特捜部)
・二階俊博  西松不正献金事件 (←東京地検特捜部)
さらにマスコミや御用学者がその片棒を担ぎ、従米路線を正当化、大衆を洗脳していきます。
こうして、大衆の期待や国家の将来を考える共同体的資質を有したリーダーが日本史上初めて表舞台から姿を消していきました。
しかし現在、日本人の全てが民への配慮、仲間への配慮を失ってしまったわけではなく、金貸し勢力の圧力の前に埋もれている、と言う状況ではないかと思います。
なぜならば、1600年以上に渡り縄文体質を残し続け、常に危機的状況を縄文体質で乗り切っていたのが私たち日本人だからです。
金貸し勢力の手先となった支配者層に私たちの未来を委ねることは、最早許されません。それは日本の滅亡に直結するからです。
縄文体質を色濃く残した私たち日本人は、このような支配者層に対し本能的に違和感、拒否感を感じていますが、これもまた私たち日本人に染み付いている「お上意識(社会統合を支配者層に委ね、自ら社会を考えない)」が、行動を阻んでいます。

金貸し勢力とマスコミによる世論支配から脱し、お上意識を排除し、私たち大衆が自ら社会を作るしかないと自覚することが、何よりも必要です。
そしてそれは現在の支配者層には不可能である以上、私たち大衆が担うしかないのです。


その実現可能性は、現在当ブログで平行して追求している「日本人はいつモノを考え始めるのか」シリーズ
で、引き続き追求していきます。
ご期待下さい。

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