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【年末年始特集】シリーズダイジェスト 『縄文探求シリーズ』これまで扱ってきたことと今後の展開

Posted By staff On 2010年12月30日 @ 3:37 PM In Ⅱ縄文時代 | 2 Comments

 こんばんは、カッピカピです。
 「光陰矢の如し」とはよく言ったもので、今年もあっという間に年末が来てしまいました。みなさん、今年はどのような年でしたか。良いことも、悪いこともひっくるめて来年への糧にできるといいですね。
           
 さて、今年もたくさんの記事がこの縄文ブログにupされました。私のグループでは、現在「縄文時代の基礎データを探求する」というシリーズ投稿に取り組んでいます。このシリーズの主旨は、縄文時代を生きてきた人々に、これまで以上に同化できるように、縄文時代の基礎となるデータを、今まで蓄積してきた記事を元に再整理し、また、新たな視点を加えながら、簡潔にまとめていこうというものです。
 本シリーズは年明け以降もまだまだ続きますが、本日はこれまでのまとめをダイジェストでお送りし、最後に今後upされる予定の記事の予告編を書いてみたいと思います。
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①縄文人はいつから服を着たのか?
 シリーズ1作目 [3]は、縄文人の衣服を扱った、ちわわさんの記事で、縄文人の衣服を土偶の様子から類推し、冬と夏に分けて紹介してくれました。
 特に注目すべきはその模様です。下の写真からも分かるように、かなり複雑な模様のついた服を着ていたと推定されています。また、縄文時代を通じて、数十万点という大量の装身具が出土しています。これら複雑な模様と装身具は、女性を飾り立て性の価値を高めるものではなく、女性を守る儀式的色彩が強かったのではないかと考えられます。
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②縄文人は何を食べていた?
 シリーズ2作目 [4]は、縄文人が年間を通じて何を食べていたかを扱った、私の記事でした。縄文人は、採取活動を主な生業として、その時々の外圧状況に応じて、食べ物を選択し、食していました。その種類の多さは、下の図の縄文カレンダーを見るとよく分かります。
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③卓越した漁労技術
 シリーズ3作目 [5]は、漁労技術を扱ったぴんぐーさんの記事でした。
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 縄文人が漁をしていたであろうことは何となく想像できていましたが、川や近海だけでなく、外洋までしていたというのは驚きでした。そして、魚の種類に合わせてバラエティに富んだ技術を持っていたそうです。中でも、大形の魚、海獣、クジラなどに用いられる回転式離頭銛は、一回突いたらはずれない仕組みとなっており、縄文人の知恵と技術の高さを証明しています。
詳しくはこちら→回転式離頭銛の原理 [6]
④縄文土器を総括する
 
 シリーズ4作目 [7]は、縄文土器を扱ったサティさんの記事でした。
 
 Q&A形式で上手くまとめられた読みやすい記事になっていますので、ぜひみなさん読んで見てください。時代ごとに土器の形を変えてきた縄文人。中でも早期に使っていたとされる先の尖った尖底土器は、熱効率を上げ、早くお湯を沸かすためだった、というのはなるほどでした。しかし、その優れた尖底土器も前期にはほとんど影をひそめてしまいます。それはなぜ?と思った方はぜひシリーズ9作目を読んでみて下さい。
⑤埋葬から縄文人の精神世界に迫る1・2
 
 シリーズ5作目 [8]・縄文人のお墓を扱ったくまなさんの記事でした。
図:縄文人の埋葬あれこれ 
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 これまで縄文ブログで追求されてきた内容をまとめ、さらに深めてくれました。
 宗教がなかったとされる縄文人が、一体どのような思想で仲間や家族の死と向かい合ってきたのでしょうか。
 縄文人の精神といえば、アニミズム、つまり精霊信仰です。過酷な自然外圧に対し、何とか生き延びようとする想いから、万物の背後に精霊を見出し、精霊に同化し、応望することで生き延びてきたのが縄文人です。そのように考えれば、死もまた精霊の仕業と捉えていた可能性が十分にあります。精霊世界を介した死と生について考察された読み応えのある記事となっていますので、ぜひ一読を。
 
⑥東と西どっちが住みやすかった?
 シリーズ6作目 [9]は、縄文人の食糧事情に大いに影響を与える植生について扱った私の記事でした。
 縄文文化は落葉樹林帯である東日本で栄えた、というのが一般的な説ですが、実は定説通り、東が環境的に有利であるとは言い切れない面が多々あることが分かってきました。
 例えば、西日本の照葉樹林帯では、堅果類の種類が多い分、ある種が採れなくなっても代わる種があり、且つ様々な種類に対応する加工技術が発達したという説もあり、西日本有利説も十分な根拠があります。この問題について、年明け以降の人口論でもう一度扱ってみたいと思っています。
⑦竪穴式住居は理想の住居形態?
 シリーズ7作目 [10]は、縄文人の「住」を扱ったちわわさんの記事でした。
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 縄文時代の住居といえば「竪穴式住居」ですが、その歴史は長く、平安時代を超えて室町時代まで続いていたとされているそうです。
 竪穴式住居については、写真等で目にする機会は多いと思うのですが、その形状や架構、設備面については意外とよく知らないという方が多いのではないでしょうか。自作のポンチ絵を使った説明は竪穴式住居を全容を把握するのに持ってこいですので、ぜひ一度読んでみて下さい。特に屋根が茅葺ではなく、土を被せていたという事実には驚きでした。
⑧狩猟について
 シリーズ8作目 [12]は、縄文時代の狩猟を扱ったぴんぐーさんの記事でした。
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 一番の気付きは、縄文人が狩猟のために犬を飼っていたということです。複数の犬で追い込んで獲物の足が止まったところを、人間が矢で射る という役割分担をとっていたということですから、今もペットとして犬は大人気ですが、縄文時代から人間と犬の相性は良かったということですね。記事中に出てくる、落とし穴のかわいいポンチ絵も見応えがあります。
⑨縄文土器を総括する(前編・再考)
 シリーズ9作目 [13]は、土器を再度扱ったサティさんの記事でした。
 この記事では、尖底土器から平底土器へ変わった理由や、縄目模様が付けられて理由がさらに深められています。
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 尖底土器が生まれたのは、製粉技術という新たな調理方法が生まれ、出来上がった粉(でん粉)を取りやすくためだったというのは、気付きでした。さらに縄目模様については、機能面で2つの利点があったことが明らかになりました。1つ目は土器成型時の空気抜きのため、2つ目は表面に凸凹を付ける事で熱伝導率を高めるためでした。縄目模様については、精神面での理由に意識が向かいがちですが、このように機能面で2つの理由があったことは驚きでした。
⑩土偶を知る
 シリーズ10作目 [14]は、土偶について扱ったくまなさんの記事でした。
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 これまでのブログ記事から、土偶についての基礎的データを分かりやすくまとめてくれています。土偶の意味については、本記事の引用文中にあった、

「まさに現象世界の背後に直観した不可視の精霊のイメージを、彼らなりに、精一杯、形而下の世界へと持ち帰った結果」だと思えてしかたないのです。

 
 という文章がとってもしっくりきました。
 以上、長くなりましたがこれまでの全10作をざっと振り返ってみましたが、みなさんいかがでしたでしょうか。ぜひ気になった記事については本文も読んでみて下さいね。
 そして、来年UP予定の記事は、
⑪縄文時代の集団~竪穴式住居や集落に見る集団の様子?~
 集団規模や年齢構成、集団形態など、縄文時代の集団ってどんな集団だったのか?竪穴式住居の仕組みや集落の構造を読み解き、建築や都市計画の視点から、集団の様子を紐解いていきます。
⑫縄文時代の生産技術~縄文時代の加工技術~
 中里貝塚からは、自部族が消費する以上の、大量の貝を加工していた形跡(貝塚)が出土しています。これは、多数の部族が集まる、共同の貝加工場だったのでは!?その他、縄文時代の加工技術に迫ります☆
⑬縄文時代の風習~なぜ抜歯が行われたか~
 縄文時代の抜歯は、成人として認められるための通過儀礼であるという説をよく聞きます。しかし、抜歯には抜く箇所に様々なバリエーションがあることがわかっています。そこには通過儀礼以外の理由が存在していたのでしょうか?!
⑭縄文時代の祭り~死と生をつなぐ縄文人のまつり~
 縄文人は何のために、どんなまつりをしていたのか?数少ない痕跡からその実態を解明します。そこには集団の抱える課題とそれを突破する為の深い充足があったのです。その魅惑の世界へ、皆さんをいざないます。
⑮縄文時代の人口~西日本の縄文人の人口は本当に少なかったのか~
 縄文時代の人口論について最も広く認知されているは、小山修三氏が算出した人口密度分布ですが、これはその時点で見つかっている遺跡数を前提としており、今後どこかで遺跡がたくさん見つかれば、この分布図はまったく違ったものになる可能性を秘めています。遺跡数以外の情報(ex.堅果類の生産高や平野部の面積)を元に新しい人口論に挑戦します。
の5つです。縄文ファンならずとも、どれも気になる記事ばかりですので、皆さんぜひ楽しみ待っていてくださいね。


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