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縄文探求シリーズ【縄文時代の建築】~竪穴式住居は理想の住居形態?

Posted By tiwawa On 2010年12月2日 @ 9:07 PM In 未分類 | 3 Comments

こんにちはちわわです。
縄文探求シリーズ。今回は竪穴式住居に迫ります。
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この写真!立派な竪穴式住居ですね。
ところが、これは遺跡ではなく、株式会社吉野ヶ里住宅が販売開始した住宅です。住居として定住することを前提とした「住まい」なのです。
地熱により、夏は涼しく、冬は暖かい室内環境を維持でき、縄文時代の工法、素材を忠実に再現しているため、環境にマッチしていると注目されています。
広さは直径5m(3~4人用)と直径7.5m(6~7人用)の2タイプを標準で用意し、価格は150万円と300万円。工期はおよそ1週間。耐久年数は15年を想定。初年度の販売目標は、なんと1000棟なのだそうです。http://www.architecturelink.jp/about/0401.htm [1]
トイレや風呂はどうなってる?収納は??? さまざまな疑問は沸いてきますが、現在でもその住環境が見直されているほど自然の摂理に合った環境配慮型住宅であったようです。
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【時代】
最も古い竪穴式住居は現在までのところ鹿児島県の上野原遺跡で見つかった約9500年前のものが最古です。この遺跡の住居は定住型ではなく一定期間の仮住まいであったと言われています。
約2万年前、弓矢の発明により洞窟から出た人類は、テントを仮住まいとする移住生活を始め、新石器時代に入ってから、定住するようになったようです。
竪穴式住居は庶民の住宅としてはかなり長い間定着し、平安時代にようやくほぼ消滅し、室町時代の東北地方を最後に完全に消滅します。
【形状】
初期には方形のものもあったようですが、すぐに円形、あるいは隅円方形へ移行していきます。
方形は切妻のテントのような形状のもので、構造的にはもろく、通風性はよさそうですが、1年を通じた安定環境は期待できず、定住期待が高まるとすぐに、堅牢で、恒温恒湿性の高い円形の竪穴式住居に移行していったのだと思われます。
大きさは直径4mの小さなものから、中期には直径10mもある大きなものも現れます。
利用人数は4~5人が標準であったろうと推測されています。
【架構】
床面は地上から約50cm~70cm掘り下げます。これは、主には内部空間の高さを確保するためのものですが、深くすれば深くするほど恒温恒湿性が高まり、居住環境は向上します。
北海道では2mも掘り下げた遺跡も発掘されています。
周囲を掘った土で盛り上げ、雨水の浸入を防ぎます。
円の中央部に直径40cm~50cm、深さ70cm~80cmの穴を掘り柱を建てロームブロックで固めます。
柱は4本が標準で、大型の住居では、5本、6本柱のものも出てきます。
垂直に柱を建て、頂部を梁でつなぎ、放射状に垂木を架け、水平に母屋を回して、野地板として樹皮で被い、その上に家や葺や土を乗せて屋根が完成します。
円形にするのは、樹皮を貼る際に均質に貼れるためで、方形で出隅のあるものはコーナーがうまく納まらなかったろうと思われます。
床が地上に現れる高床式倉庫や後の堀立柱住居になると、床と外壁を板材で作る必要から長方形のプランになります。
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【設備】
中央には「いろり」があり、火を焚き、調理をしながら団欒していたのでようです。
床の隅には土器の底を切って埋めた貯蔵穴がいくつもあり、土中の恒温恒湿性を活かした天然の冷蔵庫に食糧を貯蔵していました。
中で火を焚く以上換気が必要になります。
梁上は入母屋形状の換気窓を設け、そこから、排煙・換気を行うことができます。
常にでいぶされることで、建材の防虫効果があり、建物を長持ちさせることができました。耐用年数は10~15年であったようです。
【実は竪穴式住居は地上の洞窟だった】
復元されている遺跡は茅葺屋根のものがほとんどですが、恐らくこれは現代の遺跡公園の見栄えをよくするためで、実は土をかぶせていたものが多かったようです。屋根材は遺跡として残りにくいので確証はありませんが、焼失住居跡のほとんどは、屋根にのかっていたであろう土と床の間に建材痕が発掘されていおり、火災実験などで、住居が崩落するメカニズムも研究されています。
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登呂遺跡が日本で最初に復元された竪穴式住居であり、茅葺で再現されていますが、その後の調査で間違いが分かり、実は屋根勾配はもう少し緩く、屋根材は土であったことが明らかになりました。
洞窟から出た人類は、地上に竪穴式の洞窟のような住居を作ったのでしょう。
土をかぶせることで、恒温恒湿性が高まり、防火性能もアップします。
これも自然の摂理に同化した縄文人の知恵ですね。
【柱は栗でできていた】
架構の材質は栗材が約6割くらい占めており、栗は硬く、水に強いので耐久性に優れた建材としても活用されていました。食用としても栗はとっても大切な主食となりますが、大切な食糧を切って住宅にするのはちょっと解せない気がします。桃栗3年柿8年といわれるように栗は生長が早く、恐らく老化も早かろうと推測され、実をあまり付けなくなった栗の木は伐採することで、次世代の元気な栗の木に代謝させていたのかもしれません。
【弱点は採光】
竪穴式住居の弱点は自然採光です。入母屋の換気窓と出入口にしか開口部は無く、入口の向きは明るい南側にこだわることなく、環状集落の中央広場に向かって放射状に配置されていました。
採光性能よりも、集落のコミュニティーの方を重視していたことになります。
さすが共認を命綱とする共同体ですね。
この採光面積では現行の建築基準法の採光規定を確保できているのかはかなり微妙で、現在販売されている竪穴式住宅が建築基準法をどのようにクリアしているのか気になるところです。
参考
縄文時代の人々は、どのような「家」に住んでいたの?vol.1
http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2006/12/000061.html [6]
縄文時代の人々は、どのような「家」に住んでいたの?vol.2
http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2006/12/000062.html [7]


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[7] http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2006/12/000062.html: http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2006/12/000062.html

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