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2010年09月13日

シリーズ「日本人の起源」

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 いま市場は行き詰まり、多くの経営者が先を読めないでいる。経営者だけではない。政治家も、官僚も、学者も、マスコミも、これまでこの社会を統合する役割を担ってきた者たちの誰一人として、明確な変革の方向を打ち出せないでいる。なぜか?それは時代が、これまで彼らのやってきた小手先の改革で済むようなレベルを遥かに超えた、根本的な変革を必要としているからである。 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=100&c=0&t=2
 そんな閉塞状況を突破し、人類の進むべき方向を確定する為にはとことん歴史を遡って、人類の原基構造を解明してゆく必要があるでしょう。
 最近では江戸回帰や歴史探索・さらに源流の縄文への探索を行っている方も少なくないようです。今回のシリーズでは、歴史に関心の高い人からまだまだ興味をお持ちで無い人まで、皆が追求に向かえる内容を盛り込んで、日本人の起源について纏めていきたいと思います。

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以下シリーズ「日本人の起源」の項目(暫定版)です。
1,日本人形成のシナリオ
2,縄文人の形成
3,弥生人の形成
4,南方か北方かを言葉から見る
5,倭人とは?
6,邪馬台国とは?
7,日本の支配部族:大陸での敗者が断続的に流入
8,縄文の体質がユーラシア大陸からの流民を融和させ日本人を形成した
9,「日本人の起源」解明
10,まとめ、全体を通した図解

 これまでの蓄積を活用しながら、かつ、新しい視点を加えて中味のあるものに纏めていきたいと思いますので、応援宜しくお願いします。
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投稿者 dai1028 : 2010年09月13日 List  

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コメント

初めまして!
日本の考古学の事のフランス語のブログを書いているberangereです。
とっても面白い記事です!「交易のための加工場じゃない」の結論のための試算はとっても面白かったです。
この記事を使って、フランス語の記事を書いても良いですか?
私のブログはトラバ出来ませんけど、ちゃんとこのブログのURLを伝うつもりです。

投稿者 bérangère : 2011年1月20日 18:35

bérangèreさん、始めまして^^
読んで下さってありがとうございます♪
私はフランス語がわからないので、bérangèreさんのブログの内容はわかりませんでしたが(笑)、考古学の記事をずっと書かれているのですね。
>この記事を使って、フランス語の記事を書いても良いですか?
もちろんです!ゼヒよろしくお願いします☆
フランスの方に読んでいただけるかも!?と思うとワクワクします。
これからも日本の歴史をフランスに拡げていって下さいね♪
応援しています!
そして、またコメントもお待ちしております^^☆

投稿者 pingu : 2011年1月23日 02:56

返事遅くなってすみません!
やっと書きました、中里貝塚の事の記事 :
http://berangere.dreamwidth.org/20339.html
pinguさんの記事の翻訳ではありませんけど、焼き方の絵、そして試算も、使いました。私のブログを読む人はあんまり日本語を分かりませんけど、ちゃんとこのブログへのURLをリンクしました!
では、また、面白い記事を読みに来ます!

投稿者 bérangère : 2011年1月31日 07:05

bérangèreさん、こちらこそ返信遅くなってごめんなさい!
フランス語の記事見ました^^
内容はわかりませんが、試算が書かれているところなど、何となくわかって嬉しかったです♪
また当ブログに遊びにきてくださいね☆
ありがとうございました(^^)/

投稿者 pingu : 2011年2月6日 19:11

埼玉県タタラ山遺跡のある白岡市に住んでいます。
私は縄文人は自給自足経済ではなく、特産品交易経済だったと考えています。
タタラ山遺跡は、縄文時代の流通交易拠点だったと想像して楽しんでいます。
最近我家では、蒸し料理を良く食べます。
鍋に大量の野菜を下に敷き、上に肉・魚・アサリを乗せ、蓋をして火にかけます(実際は電気なべ)。しばらくすると、底に汁が溜まり、肉などが蒸し上がり、野菜類が半焦げの上手い御馳走になります。
味付けは、ポン酢醤油か、醤油と砂糖で味を調えます。
我家では、縄文鍋と呼んでいます。
水を張った鍋に具財を入れる鍋より、蒸し焼きの方が相当旨く、速く出来上がります。
野菜も、肉・魚・貝など手当り次第多種類入れるほど、味が良くなります。
… 当然、粉団子などを入れてもおいしくできるでしょうし、残った汁に、水・味噌や醤油を足して、うどん・ご飯などで雑炊にしても大変美味!
古代ローマ時代に酢や魚醤があったとのこと、縄文にも当然あって流通していたでしょう。
大量に取れた魚を、煮詰めた海水に浸して、冷暗所に保管している間に魚醤になってしまう・・・ありそうですよね!
貝や魚を海水で煮詰めた、塩汁なんかもあったでしょう。
深鉢で貝や魚を海水で煮炊きすれば、とてもおいしい煮汁が大量に残ります。
縄文人はこれを捨てたでしょうか?
当然煮詰めて取っておいて、村で貝や魚が獲れなかった時、これで味を付けたでしょう!
なんせ縄文は、1万年以上続いた文化ですから・・・
この、魚醤や塩汁の流通容器としての土器は見つかっていないのでしょうか?竹容器だったのか?
土器は皆各自で作ったと教えられましたが、やはり上手な人が沢山作って、売っていたのではないでしょうか?
私が40軒の縄文たたら山の町に住んでいれば、そうしています。
私は収穫より物作りの方が楽しいので!
石器時代から、神津島の民は何を求め、命を張って外海を渡ったのでしょう?
旺盛な交易意欲を感じます。
焼き貝は平たい籠に並べて、流通していたと思います。

投稿者 菁莪 翁 : 2013年5月7日 17:47

楽しいコメントありがとうございます。
確かに縄文人は交易民としてはあったと思います。
特産品交易民、うまくネーミングされていますね。
たぶんそれが縄文人が広く行った贈与経済なのだと思います。
土器もたぶん上手な人がたくさん作って回りの集落に配ったのでしょう。お返しとして海の幸や山の幸が贈られて・・・・。
見ようによっては立派な交易ですが、やはり先に与えるがあったように思います。

投稿者 tano : 2013年5月7日 23:30

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