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シリーズ:「国家と市場」第6回 【市場の統合限界は、国家の統合限界でもある】

国(政党、政治家)に何を求めていますか?」
という街頭インタビューで、数年前、否、今でも必ずと言っていい程
景気回復!」という声が返ってくる。
いつまでも、どこまでも、景気(経済成長率)は延び続けるものなのだろうか?
マイナス成長、逆にプラス成長といっても数パーセント若しくは、0.数パーセントという数字がここ十数年の数字である。
実は、この数字にはカラクリがある。
日本の国債残高が900兆、1000兆という数字を聞いた事があると思います(数年前は知らない人も多かった)。
毎年、数十兆もの国債をつぎ込んでやっと、数パーセントの経済成長率を叩き出すのがやっとで、この国債をつぎ込まなければ、明らかにマイナス成長にしかならない。
GDP-thumb.jpg [1]
市場の拡大限界は、とっくの昔に来ていたのであって、国債と言う延命策によって生きながらえていただけである。
バブル期に、「市場には、拡大限界がある! 」と言っても誰も信じなかったでしょうが、現在そう言われれば「そうかもしれない!? 」と答える人が増えているのではないでしょうか?
では、そういった感覚的なものではなく、論理的に“市場の拡大限界”と、しかも、それが“国家の統合限界”をも孕んでいるという記事を紹介します。
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るいネット 超国家・超市場論12 市場の拡大限界は、国家の統合限界でもある [4]

市場は、社会を統合することが出来ないという決定的な統合限界を刻印されているだけではない。市場は、自分自身の内に絶対的な拡大限界をも孕んでいる。
市場は、生存圧力(実体的には貧困の圧力)に基づく私権闘争を圧力源=活力源にしている。従って、市場活動によって物的な豊かさが実現すれば(=貧困の圧力が消滅すれば)、必然的に市場は活力源を失って衰弱=(縮小) してゆく。そして、むしろこの矛盾と限界こそ、市場の現実に差し迫った絶体絶命の限界である。
もし、国家(国債)による延命策がなければ、(バブル化もせず)市場はすんなり縮小過程に入った筈である。要するに、このまま市場を放置すれば市場は急速に縮小し、国家が延命策を施し続ければ国家が崩壊する。一体、どうすれば良いのか?
もともと国家は、私権闘争を圧力源=活力源とする、力の序列原理に貫かれたその統合体として形成された。しかし、生涯固定の身分制度の下では、私権拡大の可能性は封鎖されて終う。そこで、私権闘争の抜け道としての市場が形成され、繁殖してきた。そして今、その抜け道としての市場さえ活力を失って終った。これは、明らかに私権闘争の終焉を意味する。そして、私権闘争が終焉したということは、私権闘争の止揚・統合体である国家の命運も、遂に尽きようとしているということに他ならない。実際、バブル期以降の国家の迷走ぶりは、すでに誰の目にも明らかである。

■主要国のGDP推移 (グラフは ここ [5] からお借りしました。)
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でも米の実態は国債で伸びているだけ
■米国債発行残高と該当年米GDP比 (グラフはここ [7]からお借りしました。)
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■その他のデーター
●アメリカ、日本に限らずどの国も借金まみれ。
債務残高の国際比較(対GDP比) 財務省HP [9]
●失業率は上がる一方。仕事がない⇔欲しいものがないことの現われ。
失業率の推移~社会実情データ図録~ [10]
●1970年以降経済成長率は、目を見張るように下げ続けている。
戦後日本経済成長の軌跡 [11]
●これだけお金をばら撒いているのにインフレどころか、デフレ状態。
消費者物価指数推移 [12]
■国家の迷走と言えば、
参考記事:潮流7:暴走する社会(特権階級の暴走と下層階級の暴走) [13]
参考記事:バブル崩壊後の不良債権問題からみる特権階級の杜撰な対応① [14] 、  [15]
私権闘争の抜け道であった市場も限界をむかえ活力を失っている。それを止揚・統合していた国家もガタガタ。生存圧力と言う圧力源ももはや無い。 

カギは、新たな活力源⇒圧力源の創出にある。貧困が消滅した’70年以降の30年間がそうであったように、今後更にそれを上回るスピードで私権の強制圧力が急速に衰弱してゆく以上、もはや人類は、生存圧力を背景とする私権闘争を圧力源=活力源として生きてゆくことは出来ない。人類の命運は、次の新たな活力源⇒圧力源を自らの手で作り出せるか否かにかかっている。

人類の命運を握る“次の新たな活力源⇒圧力源”については、次回扱います。乞う、ご期待!

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