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『イスラムを探る』 第6回  イスラム共同体:規範と貨幣により結合された超共同体

Posted By ihiro On 2010年6月16日 @ 12:31 AM In 未分類 | 4 Comments

いろいろ調べてイスラムについてのいろいろ解説や本を読んでも、なかなかピンとくるものがないと思った。
果たして通常言われるようにイスラムは宗教なのか国家なのか?それとも別のものなのだろうか?
鍵になると思ったのは、
>ムハンマドとその弟子らは、あくまで信仰者として闘ったのであって、戦士ではありません。彼らは徹頭徹尾商人だったのです。
「なぜイスラムで商品貨幣経済社会が発展したのか?」 [1]より引用 
いわば商人が共同体(教団?)を組織し、それが拡大して巨大な塊(国家?)になっていったということだ。
しかし商人がなぜ教団を組織したのだろうか?イスラムの教えの中に、過度の利益を禁止し相互扶助の規定が多くあるのは何故だろうか?


●市場(交換取引)には絶好の立地
イスラムが生まれたのは、6世紀のアラビア半島であり、そこは広大な砂漠とオアシスが点在し、交易や遊牧、農業を営む様々な部族が棲息する部族社会だった。
この部族社会の段階で市場化を迎えたのがアラブだった。アラビア半島はビザンツとペルシャという巨大帝国の狭間にあり、帝国(の宮廷)との取引を通じて、交易を行うには絶好の立地だった。さらにマクロに見ても、ヨーロッパ、アフリカ大陸、ユーラシアの中間にあり、世界中の王朝との交易にも絶好な立地だった。
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一方で、交易の拡大のもたらす負の結果として、貧富の拡大やその結果としての部族同士の対立激化・儲けた者の好き勝手→秩序の崩壊・・・・という側面があり、この状況に多くの部族が直面していたと考えられる。
第2回 イスラム教誕生前夜の状況 [3] 参照
従来からの厳しい環境に加え、この広域的な市場化による混乱が、部族社会に強力な秩序期待→規範収束力を生み出し、それに応えたのがムハンマドだった。
●イスラム共同体を貨幣経済で活性化させる規範群
それだけではない、イスラムは、この絶好の立地を活かして、交易市場のもたらす利益(≒貨幣)を部族間の交換関係に取り込むことを考えたのではないだろうか?都市の商人と遊牧・農村の部族を貨幣経済のシステムで広範に結び付けていた。
つまり、商人に流れ込む富を貨幣化し、積極的にイスラム共同体の中で循環させ経済を活性化させるシステムを構築していったのだ。そのための規範が以下。
【規範群】
・『喜捨』:イスラム共同体を経済的にサポートする、相互扶助する方法。
・『利子(リバー)の禁止』:相手の窮状を利用した高利貸付は禁止、正当な商取引や労働による利益は擁護。
・異質な人々を結びつける『契約』:都市を中心に農村・遊牧部族という異質な社会を結びつける。
・金品で復讐を贖う『血の代償』:“目には目を”という復讐規範に変えて、金品で贖えるようにした。
・『ワクフ』:不動産の所有者が財産を寄付し、公共施設や福祉施設の建設・運用として利用。
・『退蔵の禁止』
●通常の国家・宗教・市場との比較
国家(王朝)はペルシャにせよローマにせよ、大多数の庶民は徹底的に搾られ、身分序列の最上位の支配階級に富が集中していく構造にある。その結果人々は現実社会での可能性を封じられて、あの世に救いを求め宗教へと向かうようになる。(下図がその構造)
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●これに対してイスラム社会の仕組みは、
イスラムは、商人が近隣の帝国や王朝からの利益を、イスラム共同体に属する全ての雑多な部族を含めて、利益を貨幣によって循環させ、活性化させようとする(下図)。上記の国家の構造に比べると全く構造が異なることが分かる。信仰(規範)と貨幣によって結び付けられた驚くべき仕組みだと思う。
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イスラム世界を活性化するために
>古代より長期間にわたって、貴族、教会によって収奪され蓄積退蔵されてきた貴金属がイスラーム軍によって押収され、貨幣として流通に投じられたことである(中略)これらは決して退蔵されることなく、コインとして市場に放出されたので経済に及ぼす影響は甚大であった。
『ユダヤ民族経済史』より
その結果イスラム都市は
>誰でもそこに住めてそこで商売ができる空間がイスラーム世界の都市なのある。イスラームは、都市の発達していた中東世界のその自由闊達さを保証する理念として、存在したのであった。
『都市の文明イスラーム』より
このように見ていくとやはり、イスラムは宗教とはいえない、国家でもないと思う。
巨大な商業共同体とでも言うべきか?

都市商人が中核となり遊牧民や農村を巻き込んで巨大なイスラム共同体を形成していったのがイスラムです。イスラムは信仰共同体であると同時に経済共同体であり、規範と貨幣で結びついた巨大なシステムでもあったのです。そしてそのシステムによって急拡大が可能になったのではないだろうか?
それが可能だったのは、アラブの地がまだ部族社会であったため国家的な身分序列での統合と無縁だったからと言えるでしょう。彼らは部族社会の集団統合様式である規範を拡大し市場社会に適応させ、相互扶助的な市場規範を作り出し、部族を超えたイスラム共同体を作り出した。そのシンボルが唯一神アッラーだった。
このようにして、イスラムは新たなシステムをもって古い国家的な世界を変えていきます。
>イスラム世界が征服によって領土を拡大することによって、それまでの古代以来の旧体制が破壊されました。
それまでの支配者、特権階級たちが放逐され、貨幣を獲得することで社会的地位を獲得する社会が広い地域を覆い、古い支配層の代わりに貨幣の貴族たちが取って代わります。

「なぜイスラムで商品貨幣経済社会が発展したのか?」 [1]より 
●しかしイスラム共同体の変質・・・
しかし、このようなシステムが生き生きとイスラム社会に根付いていたのは、アッパース朝まで。イスラム社会が拡大し、かっての帝国の地域を編入すると、帝国内で武力闘争によって各地で軍団を組み、王朝を作っていく勢力が登場してくる。
イスラム共同体は内部からの武力闘争により次第に変質していき、カリフは名目的な存在になっていく。
(次回に続く)
  
by Hiroshi


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[3] 第2回 イスラム教誕生前夜の状況: http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2010/05/001062.html

[4] Image: http://blog.kodai-bunmei.net/blog/%E5%9B%BD%E5%AE%B6.jpg

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