- 縄文と古代文明を探求しよう! - http://web.joumon.jp.net/blog -

素人の創造シリーズ最終回

素人の創造シリーズも過去
「素人は、全て生み出すことが出来る1」 [1]
「素人は、全て生み出すことが出来る2」 [2]
「素人と創造」 [3]
「創造の資質」 [4]
「実感投稿と現象発掘が会議室の生命」 [5]
「現実を対象化する=思考する」 [6]
があり、今回最終回になりました。
最終回では、我々素人が、先行きの見えない現代社会をどの様に対象化すれば良いのか?
そして 本ブログ「縄文と古代文明を探求しよう:いったい、人類はどこで道を誤ったのか・・」の存在理由も
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るいネットの投稿にあります。
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☆しかし、社会を統合する為には、統合観念が不可欠である。それは、誰もが認める事のできる事実認識の体系でなければならない。とりわけ歴史認識(人類と社会の原基構造の解明)と脱出方向の提示が最も重要な思考課題となる。
●現実を対象化する思考は、倒錯観念とは別に、脈々と続いてきた。近代科学もその一つで、そこでは使われる概念自体が、外界を対象としているので(内面を対象化しただけの)倒錯観念とは異なっている。
しかし、自然科学さえ、倒錯観念の支配から完全には脱却できず(exデカルトの「方法序説」)、未分明な根本ドグマに基づいて命題や定理が作られ、現実そのものからかけ離れた条件下での実験が行われてきた。従って、科学法則の多くは、現実そのものを対象化した事実認識とは(厳密には)云えない。
●まして、社会「科学」に至っては、(観察や統計という自然科学の手法を真似ただけで)本質は欺瞞観念そのものである。
☆従って、今求められているのは、支配観念から脱却して現実を対象化する、健全な思考回路を取り戻すことである。
●一方では、私権追求から脱却した本源回路発の潜在思念と状況認識によって、可能性収束=行動すること。=非観念過程。
●他方では、支配観念から脱却した本源回路発の潜在思念と事実追求によって、人類の原基構造を解明すること。=統合理論


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人は未知に遭遇した時「なんで なんで」と追求して、新たな事実認識を獲得して進化してきた。
そして人類の歴史は、事実の塗り重ねによって作られてきた。
現在の不全社会の原因を「なんで なんで」と追究していくと必然的に「人類と社会の原基構造の解明」に行き着く。
またこの思考方法は「古代人の思考:温故知新」にもある様に人類の普遍的思考方法であると思う。

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