新テーマ:「日本人は闘えるのか?」①~縄文から流れる日本人の可能性と弱点 [1]
では、縄文人が渡来人を受け入れた時の考察から、弱点構造の位相について紹介がありました。続いて2回目の今回は“そもそも日本人の特性って何?”と言うところに焦点を当てたいと思います。そこでまずは客観的な意見として、外国人から見た日本人はどう見えていたのか?いくつかの文献から紹介します。
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外国人から見た日本と日本人(1/2 日常編) [4]
■「外国人から見た日本と日本人」と言う記事を紹介します。
ぼやきくっくり [5]
外国人から見た日本と日本人(1) [6]
外国人から見た日本と日本人(2) [7]
外国人から見た日本と日本人(3) [8]
●この記事で紹介されている外国人の文章を見ると、現代に生きる我々日本人がついつい忘れている、しかし、絶対に潜在思念に刻み込まれている縄文的「感覚」や「想い」が浮かんでくるように感じる。私権原理から共認原理へ大きく時代が動いている今、この縄文体質の再生つまり「自分からみんなへ」⇒「共同体の再生」「共認統合の社会の実現」が人類的期待であるのだと思う。
参考→日本人と縄文体質 [9]
●上記ブログから(日常編)としていくつかの記事を引用します。
~以下引用~
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■タウンゼント・ハリス=初代米国総領事。1856年(安政3年)来日。
「日本滞在記」より
彼ら(日本人)は皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない-これが恐らく人民の本当の幸福というものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるか、どうか、疑わしくなる。私は、質素と正直の黄金時代を、いずれの他の国におけるよりも、より多く日本において見出す。
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■イザベラ・バード=イギリス人。当時の女性としては珍しい旅行家で、1878年(明治11年)以降、日本各地を旅した。
「日本奥地紀行」より
ヨーロッパの多くの国々や、わがイギリスでも地方によっては、外国の服装をした女性の一人旅は、実際の危害を受けるまではゆかなくとも、無礼や侮辱の仕打ちにあったり、お金をゆすりとられるのであるが、ここでは私は、一度も失礼な目にあったこともなければ、真に過当な料金をとられた例もない。
群集にとり囲まれても、失礼なことをされることはない。馬子は、私が雨に濡れたり、びっくり驚くことのないように絶えず気をつかい、革帯や結んでいない品物が旅の終わるまで無事であるように、細心の注意を払う。
(中略)私は日本の子どもたちがとても好きだ。私は今まで赤ん坊の泣くのを聞いたことがなく、子どもがうるさかったり、言うことをきかなかったりするのを見たことがない。日本では孝行が何ものにも優先する美徳である。何も文句を言わずに従うことが何世紀にもわたる習慣となっている。英国の母親たちが、子どもを脅したり、手練手管を使って騙したりし、いやいやながら服従させるような光景は、日本には見られない。
私は、子どもたちが自分たちだけで面白く遊べるように、うまく仕込まれているのに感心する。家庭教育の一つは、いろいろな遊戯の規則を覚えることである。規則は絶対であり、疑問が出たときには、口論して遊戯を中止するのではなく、年長の子の命令で問題を解決する。子どもたちは自分たちだけで遊び、いつも大人の手を借りるようなことはない。
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■エドウィン・アーノルド=イギリス人。詩人。1889年(明治22年)11月来日。インドのデカン大学の学長を務め、帰英後はデーリーテレグラフ紙の編集者。
「ヤポニカ(Japonica)」(1891年)より
日本には、礼節によって生活をたのしいものにするという、普遍的な社会契約が存在する。誰もが多かれ少なかれ育ちがよいし、「やかましい」人、すなわち騒々しく無作法だったり、しきりに何か要求するような人物は、男でも女でもきらわれる。すぐかっとなる人、いつもせかせかしている人、ドアをばんと叩きつけたり、罵言を吐いたり、ふんぞり返って歩く人は、最も下層の車夫でさえ、母親の背中でからだをぐらぐらさせていた赤ん坊の頃から古風な礼儀を教わり身につけているこの国では、居場所を見つけることができないのである。
(中略)この国以外世界のどこに、気持よく過すためのこんな共同謀議、人生のつらいことどもを環境の許すかぎり、受け入れやすく品のよいものたらしめようとするこんなにも広汎な合意、洗練された振舞いを万人に定着させ受け入れさせるこんなにもみごとな訓令、言葉と行いの粗野な衝動のかくのごとき普遍的な抑制、毎日の生活のこんな絵のような美しさ、生活を飾るものとしての自然へのかくも生き生きとした愛、美しい工芸品へのこのような心からのよろこび、楽しいことを楽しむ上でのかくのごとき率直さ、子どもへのこんなやさしさ、両親と老人に対するこのような尊重、洗練された趣味と習慣のかくのごとき普及、異邦人に対するかくも丁寧な態度、自分も楽しみひとも楽しませようとする上でのこのような熱心――この国以外のどこにこのようなものが存在するというのか。
(中略)生きていることをあらゆる者にとってできるかぎり快いものたらしめようとする社会的合意、社会全体にゆきわたる暗黙の合意は、心に悲嘆を抱いているのをけっして見せまいとする習慣、とりわけ自分の悲しみによって人を悲しませることをすまいとする習慣をも含意している。
冒頭のコメントにもありますが、まさに
>この記事で紹介されている外国人の文章を見ると、現代に生き
る我々日本人がついつい忘れている、しかし、絶対に潜在思念
に刻み込まれている縄文的「感覚」や「想い」が浮かんでくる
ように感じる。
のがわかりますね。また、上記3人の外国人の共通した感銘点は、日本人に序列(格差)意識がないこと、言い換えれば皆が皆の為になることを喜び(=活力源)として社会が成り立っていることのようですね。これをさらに一言で言えば「共認統合の社会」と言うことなのですが、そのような外国人も感銘するほどの社会を長い間日本人続けてきた訳で、そこが「日本人は闘えるのか?」に対する一つのポイントになりそうです。