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ユダヤ教の前身であるイスラエルの宗教について

 こんばんは、カッピカピです。
 
 今日は、ユダヤ教の前身である、イスラエルの宗教について書いてみたいと思います。
 遊牧民であるイスラエルの民の宗教と、チグリス、ユーフラテスを代表とする大河流域に栄えた古代文明との最も大きな違いは、土地に結びつかないということだと思います。
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 四大文明は、いずれも肥沃な大地の上に営まれる農耕文化でした。カルチャーの語源が「耕す」であったことが、そのことを雄弁に物語っていると言えます。
 その場合、宗教は土地に結びつき、その神は豊饒と生産の神となります。そして、人間は自然を通して神と結びつきます。それが、次第に古代社会のように、土地の支配者と奴隷的農民という制度で維持されていきます。したがって、古代社会では、政治勢力と宗教は強く結びつくことになります。
 それに対して、遊牧民は土地に結びつきません。草を求めて荒地を移動します。宗教も、土地に結びついて聖所に安置される神ではなく、部族の歴史を通して、人間に結びつくようになります。その神も、豊饒と生産の神というよりも倫理的な性格の神となります。
 
 そして、イスラエルの宗教では、神(=ヤーウェ)に従うことは、むしろ政治権力に反抗することを意味します。その具体事例が、栄華の絶頂にあったダビデの不品行を責めたのは預言者ナタンであったことです。
 さらに決定的な事例は、「バビロン捕囚」の後、イスラエルの宗教が滅亡しなかったことです。もし、イスラエルの宗教が、政治勢力と結びついていたならば、古代ユダ王国が亡ぼされたのと同時に、イスラエルの宗教も滅亡という結果になるはずです。しかし、イスラエルの宗教は、この試練を乗り越えて、ユダヤ教として再生したのです。
 このようなことが可能だったのは、王国の制度にとらわれない預言者たちが居たからだ、と言うことが出来ると思います。
 
 
 荒地と太陽というきびしい外圧を受ける遊牧民には、その厳しい生活に耐えうるための厳格な「結集点」が必要になります。その「結集点」の行き着いた先が、一神教であり、メシア(=救世主)信仰ではないかと思います。

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