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火焔土器の正体~縄文人にとって日常生活と精霊信仰は常に一体

Posted By sawatan On 2009年6月29日 @ 7:00 PM In 縄文土器・土偶 | 3 Comments

縄文に関する色んなサイトを見ていると、なかなか面白い仮説に出会いました。
参考サイト&写真引用:
松岡正剛の千夜千冊 遊蕩編 小林達雄 縄文人の文化力 [1]

小林さんは、この2種類の突起は決して装飾過剰から生まれたものではないと見た。これらは越後縄文人の観念の独自性を物語るための、比類のない「記号」なのである。むろんそれがどんな物語記号や観念記号であるかは解明されていないのだが、ともかくもそのように見ないかぎりはこのクニの特別な事情は解けないと見たのだ。

火焔土器は前から不思議だと感じていましたが、小林達雄先生の本 の書評を読んで、こうじゃないか?と直感⇒投稿してみようと思います :o
byさーね
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縄文人の生活は「炉」と切り離せない。ところが、この「炉」がクセモノなのだ。なぜならこの炉は意外なことに、暖房用でも調理用でもなかったからだ。調理は戸外でしていたのである。
遺跡をこまかく調べると、暖房用でも調理用でもないのに炉の火は、しかしたえず燃やし続けられた痕跡がある。そうだとすると、ここには実用だけではない「意味」があったことになる。何かの「観念」か「力」かが去来していたのであろう。そうとしか考えられない。ということは、すでにこれらの炉をもつ「イエ」そのものがなんらかの観念の住処であり、また祭祀の場でもあったはずである。

ぼくが最も驚いたのは、こうした住居にはほとんど何も置いていなかったということだ。土器の小破片が稀に見つかる程度で、縄文人はあれほどの土器類をイエの中には持ち込んでいないらしいのだ。ウツなのである。ウツロであって、かつウツツなのである。ただし煮炊き用の土器にかぎっては、ときに床面にジカ置きしていたようだ。

多孔縁土器が2個1組で床面から発見された例もある(長野野々尻遺跡・岐阜糠塚遺跡)。素焼きの縄文土器は破損しやすいのに、完形品でそういうものが床面で保存されていたのは、よほど丁重な扱いを受けていたのであろう。
こうなると、「イエ」は「聖なる空間」で、そこに持ち込まれた少数の土器は聖器だったということになってくる。小林さんは、それらを「第二の道具」と総称した。

火焔土器は、精霊信仰が昇華させたものだと思っていました。が、書評の中で新たに気付いた点があります。
・暖房用でも調理用の他に「炉」があった。
・普通の土器を家の中に?持ち込むことはほとんどなかった。
・この土器はとても丁寧に扱われていた。

どうも、僕は土器を機能的なものとして考えていたのですが、縄文人の意識は恐らく違ったのだろうと思います。土器も自然の恵み=摂理のおかげで作ることができたという感謝の気持ちです。生活に必要な土器に「火」という摂理を宿らせるのは自然な行為であったような気がするのです。
道具として使うには結構使いづらい形状なので、当然祭祀用なのですが…「炉」に”火”が焚かれ、そこに火焔土器が掲げられていた(ずっと焚かれていると土器が割れてしまうような気もするので)毎晩、火が焚かれた。そんなイメージができませんか。
それくらい、土器や道具という生活用具と精霊信仰は常に一体だったと考えることが、むしろ縄文人の意識としては自然であったのではないでしょうか。
※松本正剛さんの千夜千冊は結構面白いです。また、このような仮説を組み立てた小林先生もまた面白い学者さんですね。


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URL to article: http://web.joumon.jp.net/blog/2009/06/852.html

URLs in this post:

[1] 松岡正剛の千夜千冊 遊蕩編 小林達雄 縄文人の文化力: http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1283.html

[2] Image: http://blog.with2.net/link.php?538666

[3] Image: http://history.blogmura.com/in/023841.html

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