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冊封体制ってどんなもの?

Posted By yoriya On 2009年5月12日 @ 6:15 PM In Ⅲ弥生ー律令 | 12 Comments

古代日本については、本ブログでも扱われているように朝鮮半島、中国の影響が大きいと思われます。
特に中国からは中央集権(=官僚体制)など数々の制度の影響を受けています。

■中央集権(=官僚体制)が国力を増強させる
秦の(中国を統一するほどの)強大な国力から考えても、中央集権国家というのは生存圧力の下では、強力な国力増強装置として働くことが分かる。一方で、朝鮮半島の国々(高句麗、新羅、百済)は、部族連合としての国家体制を維持し続けたため、中国大陸の統一王朝を真似て中央集権化を進めた日本に国力の面で劣ることになる。(よって、中世において、朝鮮半島は日本を中心とした冊封体制に組み込まれてしまう。)
『いち早く中央集権体制を確立した中国と日本』より引用


今回は中国の制度や体制の中から、「日本になぜ天皇制が確立されたのか?」でも少し紹介されている「中国の冊封体制」について調べてみたいと思います。

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冊封とは、中国王朝の皇帝がその周辺諸国の君主と「名目的」な君臣関係を結ぶこと。これによって作られる国際秩序を冊封体制と呼ぶ。

冊封の原義は「冊(文書)を授けて封建する」と言う意味であり、封建とほぼ同義である。冊封を受けた国の君主は、王や侯といった中国の爵号を授かり、中国皇帝と君臣関係を結ぶ。この冊封によって中国皇帝の(形式的ではあるが)臣下となった君主の国のことを冊封国という。~・中略・~
冊封関係を結んだからといって冊封国がそのまま中国の領土となったと言う意味ではない。冊封国の君主の臣下たちはあくまで君主の臣下であって、中国皇帝とは関係を持たない。冊封関係はこの意味で外交支配であり、中華帝国を中心に外交秩序を形成するものであった。

冊封国には毎年の朝貢、中国の元号・暦(正朔)を使用することなどが義務付けられ、中国から出兵を命令されることもある。その逆に冊封国が攻撃を受けた場合は中国に対して救援を求めることが出来る。

Wikipediaより引用




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6世紀前半の東アジア国際関係
Wikipediaより

少し長くなりましたが、概要は以上のようになります。
中国はなぜ侵略ではなく冊封体制をとったのでしょうか?

「朝貢」というと、冊封国は貢物をしなければならいという印象をお持ちますが、朝貢とは中国の皇帝に対して定期的に貢物を送らなければなりませんが、その代わりに、中国は貢物以上に高価なものを返礼として与えるという、云わば懐柔的な手法です。

これは、冊封国にとってみれば都合のよい貿易であり、大国(中国)の文化などの導入も行なえるというメリットがありました。

反対に、当の中国にとってはどうだったのでしょうか?
当初、中国は毎年のように朝貢を求めていましたが、後世になると費用を節減するため、中国から朝貢の回数を制限するよう求めたようです。
これは渤海と日本の関係においても同様で、渤海が日本に対して使者を派遣し、日本側が朝貢を受け入れたと言われていますが、当時の日本には毎年、回賜を行なうだけの能力(国力)がなく、12年に1回に制限するに至ったようです。

財政をも圧迫していた冊封体制を中国が取り続けたのは、どのようなメリットがあったのでしょうか?

古代の中国では、匈奴などの周辺の民族が豊かな中国を侵略するということが幾度となく繰り返されていました。
そのような侵略に対して、討伐する目的での遠征が必要となりますが、それには莫大な費用がかかります。
逆に中国から侵略を仕掛けたとしても、侵略地は痩せた土地であり農作物を得られるという確証はありません。
したがって、そのような事に費用や時間を費やすより、朝貢貿易を通じて金品を与え、そのかわりに中国の上位を認めさせ、侵略を防ぐ=緊張を緩和させるというメリットがあったと思われます。

なお、遣隋使や遣唐使というのも、変わりゆく半島情勢(新羅の台頭)に対して、中国の後ろ盾を得る=冊封体制下に組み込まれたという見方ができるのではないでしょうか。

実際、遣隋使においては聖徳太子が「天子の国書」を送って隋の煬帝を激怒させたといわれていますが、結局は隋からは倭王として臣下の扱い(冊封国)を受けるとされています。


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