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近代以前のユダヤ人の行方を追え!

Posted By hi-ro On 2009年3月20日 @ 11:12 PM In Ⅵメソポタミア文明 | No Comments

 こんばんは、カッピカピです。
 今日は、前々回のぴんぐーさんの記事 [1]の中にあった
>ユダヤ人は迫害と追放(→移住)の歴史を繰り返してきましたが、その
>逆境を利用 。彼らはこの離散状態を活かし、遠い町との貿易決済業に
>たずさわるようになり、さらに保険業や株式、債券の考え方を生み出す
>ことになります。
 という部分に着目し、「ユダヤ人がどの時代に、どういった経路で世の中へ離散していったか」を追求してみたいと思います。
 とは言いつつも、近代以前のユダヤ人の情報は非常に少ないです。そこで、丹念にネットを検索した結果、
         ユダヤ教・キリスト教・イスラム
       講師 東京大学大学院人文社会系研究科教授
 
              市川 裕
         平成17年9月20日 於:如水会館
            社団法人 如水会
              リンク先 [2]
 
という講義記録を見つけました。この講義は、イスラエルの中学校くらいの教科書に載っている地図を用いながら、ユダヤ人の分布を押えていくというもので、今回のテーマにピッタリの講義内容でした。
そこで、今日はこの講義記録を参考にしながらユダヤ人の行方を追っていきたいと思います。
転載許可をして下さった、東京大学の市川先生及び、(社)如水会に、この場を借りて感謝致します。
それでは、応援のポチのあと、続きをどうぞ・・・
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ユダヤ教が成立するまでのユダヤ人の行程は、以前これまたぴんぐーさんが書いてくれた『ユダヤ教が誕生するまで』 [5]に、分かりやすくまとまっていますので、今回は、その後の、イスラム教の王国が最大の領土を誇った時代(紀元前3世紀~紀元後6世紀)からはじめてみようと思います。
 まずはその頃の地図です。↓
map01.jpg
 イスラエルの教科書らしく、地名がヘブライ語で書かれています。
 斜線の入っている部分が、イスラム勢が征服した土地です。これはイスラム教が誕生して間もない時期です。ムハンマドがアラビア半島を統一し、そこから、ペルシア、バビロニア、エジプト、さらにモロッコまで征服し、さらにジブラルタル海峡を渡ってスペインまで到達しています。632年くらいから100年くらいの間に地中海の南側を抑えてしまったことを考えると、イスラムの勢いが如何にすさまじかったかが分かります。 
 このイスラムの勃興に対し、ヨーロッパ勢はエルサレムに向けて軍を派遣します。これが、有名な十字軍です。
 下の地図の矢印は、イスラムに向けて派遣された、十字軍の経路です。
map02.jpg
 時を同じくして、スペインではイスラムと戦ってキリスト教王国をつくろうとする「国土回復運動」(=レコンキスタ)が広がっていきました。その結果、スペインにおけるイスラムの領土は南の方のアンダルシアのみとなります。(下図参照)
map03.jpg
この時は、ユダヤ人はキリスト圏にも、イスラム圏にも等しく住んでいました。その後、遂にレコンキスタが完成し、イスラム勢力がすべてスペインから追放されると、ユダヤ人も同じようにスペインから追放されてしまいました。
 そこで、気になるのが、スペインから追放されたユダヤ人の行方ですが、それを矢印で示したのが↓の地図です。時代は1492年ごろです。この地図は、非常に貴重だと思います。
map04.jpg
 実は、スペインのユダヤ人はイスラム教の時代ですけれども、黄金の時代と言われるぐらいに栄えた時代でした。この中世の時代はイスラムとユダヤ人の関係が非常に良かったようです。特にスペインのユダヤ人は世界で最も栄えたと言われています。ところが、それがスペインのキリスト教の人たちに征服されて、レコンキスタによって追放されてしまいます。行く先は、主にバルカン地方であることが分かります。オスマン帝国がその頃栄えていますので、オスマン帝国を中心にイタリアとか地中海を移動しています。
 ここで見逃してはならないのが、ポルトガルからオランダへと伸びる矢印です。アムステルダムを中心にユダヤ人たちが逃げていった経路です。
なぜ、この矢印が重要かと言うと、この人たちのグループから後に、世界初の株式会社といわれる「オランダ東インド会社」の設立に、大きく関係するユダヤ人が誕生したのではないか、と考えられるからです。
 このオランダ東インド会社の成功によってオランダが17世紀に黄金時代を迎えます。そして、そのオランダを追いかけるイギリスとフランス。それは、支配層、非支配層ともに私的権益をむさぼりはじめる、真の私権時代の幕開けとも言えます。次回はこの辺りに焦点を当て、ユダヤ人の市場社会での活躍ぶりに迫ってみたいと思います。


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[5] 『ユダヤ教が誕生するまで』: http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2008/12/000677.html

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