こんにちは。
写真は、島根県津和野町の弥栄神社で行われる鷺舞、というものらしいです。
(弥生ミュージアム [1]さんよりお借りしました。)
鳥の羽を付けた人が舞っているのは、遠い昔の“鳥崇拝”に起源があるようです。
今回は、縄文時代から古墳時代にかけての信仰観念について調べてみました。
『「古代日本」誕生の謎』(武光誠)や弥生ミュージアム [1]などを参考にまとめてみましたので、ご覧ください。
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●縄文時代:
・精霊信仰(万物に霊が宿る)
天体信仰(太陽,月,星)や,自然の猛威を神の祟りと見なしていた。
※この時代、石棒信仰も見られる。
●弥生時代:
・穀霊信仰(穀物の霊に対する信仰で、精霊信仰のひとつ)
∵稲作が主要な生産様式となった。
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鳥崇拝(鳥は穀霊を運ぶ生物)
東南アジア稲作民族に広く認められる。
(稲作と一緒に長江流域から伝わったと考えられますね)
名残り:島根県津和野町弥栄神社の鷺舞、神武天皇の八咫烏なども。
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(渡来人)
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・祖霊信仰(祖先の霊魂が自然物の精霊に働きかけ自然を支配する守り神となる)
水稲稲作とともに江南から伝えられた。
この段階では、すべての人の魂は平等に扱われる。
名残り:正月=祖霊で農耕神である年神様の祭り、お年玉=御年魂
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次第に、共同体を守るための呪術が発達。
祖霊のお告げを聞く者が集落・村落の人々の農作業や祭祀を指揮する指導者になっていった。
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大型墳墓、埋葬品(銅剣、銅鐸)の登場
●古墳時代
・天皇霊信仰
天皇霊(すめらみことのみたま)と呼ばれる神々の魂が大王の体についたもの。
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首長霊信仰(大王と神が同一化し人々を治める)
古墳の巨大化は大王と神の同一化の必要から。
天皇霊観念+大型古墳(祭祀)による支配統合へ
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氏族毎の祖先神(首長霊信仰):氏神
神社ネットワークによる支配統合へ
こうしてみると、縄文人が受け入れたものとして祖霊信仰までは理解できるものの、そこから
天皇霊観念や首長霊信仰まではちょっと距離があるように思えます。
大和王朝の前、北九州や出雲などの国々の段階で、すでに祖霊信仰を母胎とした首長霊信仰
に進展していたものと思われます。