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鍛冶工房の出土は雄略天皇の富国強兵・殖産興業を物語る。

Posted By urara On 2009年1月20日 @ 8:18 PM In 未分類 | 1 Comment

今回は珍しく、地味ネタです。
大和王権の鉄器工房が、大阪市平野区の長原遺跡という
マイナーな遺跡でみつかったという記事です。
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(上)長原遺跡で出土した5世紀前半の鍛冶工房跡(大阪市平野区で)(下)見つかった鉄滓=大阪市文化財協会提供 
YOMIURI ONLINE [1]

大阪市平野区の長原遺跡で、古墳時代中期の5世紀前半に鉄器を生産した鍛冶(かじ)工房跡が、市文化財協会の調査で出土した。百舌鳥(もず)・古市古墳群の大山古墳(仁徳天皇陵、堺市)など巨大古墳を築いた「倭(わ)の五王」の時代に当たり、近畿で最古の鉄器生産遺構という。造営されて間もない古墳を壊して工房を設けていることから、当時の政権が関与しているのは確実で、同協会は「大和王権直営の鉄器生産拠点」とみている。
 工房は、4世紀末から5世紀初めに造営された方墳跡に、2棟建てられていたとみられる。1棟ごとに一辺約8メートルの「コ」の字形の溝を設け、排水などに利用。溝からは、製造過程で出た3センチ大の鉄滓(てっさい)も発見された。含まれる炭素が少ないことなどから、高温で加熱して繰り返し折り曲げる方法で製造したらしい。
 百済があったソウル近郊の旗安里(キアンニ)遺跡(3~4世紀)などでも同様の溝が確認されており、同協会は「朝鮮半島の渡来人がもたらした先端技術を駆使して生産したのだろう」としている。


というわけで、地味ネタはまだまだ続きますが、
ここらで豆知識を少し。
平野区に「喜連瓜破」(きれうりわり)という地名があります。
これって、あきらかに当て字ぽい、しぃー、発音も外国語ぽい。
平野区のHP [2]には「喜連→くれ=呉」といとで、呉の国の職人が住み
ついていたと書いてあります。
平野区(大きく捉えれば河内)界隈には大陸や半島のひとが集落を
形成していたと思われます。
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「倭の五王」の政権支える
 「倭(わ)の五王」の時代に鉄器を生産していた鍛冶(かじ)工房跡が確認された大阪市平野区の長原遺跡。同時期の古墳からは大量の鉄器が出土しているが、これまでどこで生産されたのかは不明だった。今回の発見は、鉄器生産の歴史を解明する手がかりになりそうだ。
 鉄器は弥生時代中期、朝鮮半島から九州北部に伝わったとされ、この頃の福岡県春日市の赤井手遺跡では鍛冶遺構が見つかっている。以降、小規模な生産が続いていたが、大阪府藤井寺市の野中古墳など5世紀の古墳に大量に副葬されるようになり、大規模生産が始まったと考えられている。
 しかし、これまで近畿最古の鉄器生産遺構とされてきたのは同府柏原市の大県(おおがた)遺跡(6世紀末)で、5世紀の鉄器生産の実態はわかっていなかった。白石太一郎・奈良大教授(考古学)は「鉄器生産は当時最も重要な技術。大和王権と遺跡のかかわりが明確になった意義は大きい」と評価する。
 日本書紀には、「五王」の一人とされる仁徳天皇が現在の大阪府内に水路や堤を築いたと記される。今回発見された工房で生産された鉄器がこうした土木工事に使用された可能性が高く、工房が大和王権の軍事、経済活動を支えていたことがうかがえる


4世紀後半、高句麗が強大な勢力をもち、百済、新羅、伽耶を飲み込もうとしていました。
倭は鉄資源の交易を通じて伽耶と交流が深く、朝鮮半島に出兵して高句麗と闘いました。
この過程で、朝鮮半島の進んだ技術や文化が日本へ流入したと考えられます。
5世紀前半、高句麗との戦いに敗れたヤマト政権は外交問題の打開と国内での
権威増大を狙って、中国の宋に使者を送りました。これが、倭の五王による遣使です。
五王のひとり・武(雄略天皇)は、宋皇帝の権威を後ろ盾にして国内外の平定を目指したのです。
葛城や吉備の豪族を制圧し、ヤマト王権の勢力拡大に努めた雄略天皇は
5世紀後半に活躍したひと。ヤマトタケルは雄略天皇が投影されている、
本人そのものではないか、とも言われています。
富国強兵のひとは、殖産興業のひとでもあった、と言えるのではないでしょうか?
という訳で、最後は少しハデネタ、メジャーな人物でまとめてみました


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[1] YOMIURI ONLINE: http://osaka.yomiuri.co.jp/inishie/news/is90112a.htm

[2] 平野区のHP: http://www.city.osaka.jp/hirano/walk/kire.html

[3] Image: http://blog.with2.net/link.php?538666

[4] Image: http://history.blogmura.com/in/023841.html

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