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キリスト教によるユダヤ人全滅思想

Posted By tiwawa On 2009年1月7日 @ 12:17 AM In Ⅷギリシャ・ローマ文明 | 4 Comments

こんにちはちわわです、
今回は民族宗教にとどまったユダヤ教から、普遍宗教として世界へ広がっていったキリスト教の背景と、ユダヤ全滅思想への発展について考察してみます。
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キリスト教の開祖イエス・キリストも、その最初の弟子達も皆ユダヤ人だった。
 ローマ帝政初期、最初のユダヤ人キリスト教徒は、イエスが神によって約束されたメシアであるという信仰を持った点において一般のユダヤ教徒から区分されたものの、実際の生活においては他のユダヤ人とほとんど変わりない生活(割礼を受け、安息日に従い、シナゴーグでの参拝)を送っていた。
聖地エルサレムにはヘブライ語を母語とするパレスチナのユダヤ人ギリシャ語を母語とするヘレニスト・ユダヤ人がおり、後者のヘレニスト・ユダヤ人が主にキリスト教に改宗し、エルサレム神殿へ参拝しつつ(ユダヤ教の唯一神ヤハウエを認めつつ)説教を行なっていたのである。
これを、うっとおしいと思ったユダヤ人はキリスト教を迫害し、キリスト教徒ステファノを石殺しにした。この生き証人となったパウロも熱心なユダヤ教徒で、迫害に血気盛んであった。
ところがある日突然、天からの光に包まれてその場に倒れ、朦朧とした意識の中でキリストの声を聞く「パウロよ何故私を迫害する。街へ帰れ。おまえのなすことは告げられるであろう。」これがいわゆる使途パウロの回心であり、ここからキリスト教は勢いよく拡大してゆくことになる。
ローマ人やギリシャ人にユダヤ教の割礼の儀式が忌み嫌われていたのは前回述べたが、キリスト教の拡大のためには、この割礼が極めてネックになっていた。
そこで、「救いは割礼によってユダヤの民族に加わることによるのでなく、ただ、イエスの寵愛によるものである」こととし、幾度となく繰り返し続けられてきた割礼論争にけりをつけ、キリスト教は、ユダヤ教的民族宗教から、普遍宗教の道を歩き始めることとなり、国家と結びついてゆくことになる。
ユダヤ人は極めて繁殖力が高く、古代ローマ帝国初期において600万~800万人いたといわれており、ローマ帝国の人口の10%を占めていた。この数がローマ帝国をしても、ユダヤ人を全滅させるに到らなかった理由の1つと思われるが、ヘレニスト・ユダヤ人がキリスト教に回心し多数派となるに従い、ユダヤ全滅思想は開花する。
「ユダヤ人はメシアであるキリストの言葉に耳をかさず、かえって彼を十字架にかけて殺した。」(使二章二二~二三)これがユダヤ人のイエス殺害説である。
実際イエスの時代のパレスチナ地方はローマ帝国の支配下であり、イエスの死刑を裁判により決定したのも、それを実施したのも、ローマ帝国であり、罪人を十字架にかけて殺すやり方もローマ支配の伝統的処刑方法である。
しかし、1世紀~2世紀にかけてユダヤ人キリスト殺害説はエスカレートしてゆき、ユダヤ人は単なる非難、叱責の対象でなく、「彼らは悪魔を父に持つ民であり、彼には真理がない。」という、ユダヤ教を真っ向から否定するばかりでなく、本質や存在の根本を否定するにまで発展し、このキリスト教会の反ユダヤ神学思想が、中世ヨーロッパのユダヤ人迫害からナチズムのユダヤ人全滅政策に至るまで、その精神的、理論的よりどころとして、引用、利用されることになるのである。
参考:大澤武男著「ユダヤ人とローマ帝国」


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