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私的生産、商人の台頭⇒個人神の登場:::⇒一神教?

Posted By mituko On 2008年11月13日 @ 10:38 PM In Ⅵメソポタミア文明 | 1 Comment

こんばんは~ みつこ :D です。
シュメール人の社会は現在の私権社会の原型となる制度、要素がほとんど揃っていた、といわれています。るいネット『シュメール人の歴史2 私権社会の原型がほとんど揃っていた』 [1]
今日は、メソポタミアにおいて「個人神」がどのように台頭してきたのか?をまたまた福岡教育大学城山西洋史 1998年卒業論文 小林のぞみさん「古代メソポタミアの社会」 [2]を引用、要約して見ていきたいと思います。
最近この縄文ブログ、コメントが多くてとても嬉しいです
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当時の外圧状況(紀元前2000年~1000年あたり)
時はイシン・ラルサ時代。ウル第三王朝滅亡後のバビロニアは、アムル人の建てた小国家が分立し政治的に混乱する。やがてバビロンのハンムラピのもとで、改めて武力統一されます。
私的生産者、商人の台頭

中央集権体制を進めたウル第三王朝が崩壊して、王によるほとんどの独占が衰えたことは、私的所有と私的なイニシアチブが強力に出現する上で好都合であった。そして、そのチャンスをうまく生かす能力のある、自意識のある都市住民が出現したのである。王室経済や神殿経済と並んで、私的な生産者や商人が以前に比べて一段と表面に出てきた
しかし、経済的反映を得るには資金的な支えが必要であるから、零細の経営体は高利貸資本に頼ることになる。結果として、富の偏りが大きくなり、個々の氏族や大家族のあいだで土地所有の不均等が目立ちはじめ、ますます多くの住民が土地の所有から全般的に締め出される社会に向かっていた。生産およびその基礎となる所有関係において「個別化」がいっそう強まり、人間による人間の搾取の個別化された形態として生産手段の私有にまで立ち至った。「個別化」された所有は伸張し、そのことによって村落共同体も次第にその本来の性格を失い、多かれ少なかれ管理機関に変化し、もはやその共同体に属している土地の集団的所有者ではなくなった。

ちわわさんの『古代オリエントの交易』 [5]にも詳しいですね☆
早くも高利貸し!が登場しているのに、驚きです
そんな中「個人」が出現してきます
私的な手紙が数多く残されている
印章の所持と使用の普及
 もともと行政文書の改竄防止の手段だったのが、私的経済の発達によって、個人的契約に関する文書においても用いられるようになり、個人を特定する手段として普及する。
カッピカピさんの印章シリーズ(こちらのまとめ [6]をどうぞ)からも、
①文字は、交易活動を記録として残す必要から生まれた。
②具体的には、「何をどこから、どれだけ持ってきたか」、「誰となにを交換したか」等を記録として残しておくためであった。
ということが分かっています。
私的生産者や商人の台頭と合わせて考えると、スッキリ 繋がりますね
個人神の台頭
むむ ?個人神って何
個人神とは?
中田一郎氏 [7]によると、

 都市や国家など公的機関によって維持される祭儀の対象となった神々は、都市や国家の安全と福祉を保障してくれるありがたい神々であった。これらの神々は複数あり、都市や国家の命運を左右する神々として重視された。
 他方、メソポタミア出土の文献資料を見ていると、「私の神」「あなたの神」あるいは「彼の神」と呼ばれる神が登場する。これが「個人神」で、都市や国家の公的祭儀の対象となった神々と違い、特定の個人と特別な関係にあったことが伺われる。「個人神」は、言わば、自分だけの護衛兵であり、顧問弁護士であり、ホーム・ドクターと言える存在であった。

小林さんの論文に戻りますと、

国土神や都市の神と並んで「個人」の神という存在が信仰において重要な位置を占めるようになる。以前ならば、人間は災いや病気をもたらす魔物に大して無力感を禁じえなかった。しかし今や、成長した自身の可能性と大きな責任とを認識している人間は、ある特定の神、つまり彼にとっては守護神であり、彼を助けることができる神、いやそれどころか助けてくれるのが当然な神にもそういう可能性と責任の認識があるものと考えた。・・略・・神と人間の関係は、共同社会の問題から個人の問題となった。

個人神の台頭は共同体(意識)の崩壊を意味しているのですね。
またメソポタミアは複数の神の祭儀が行われている多神教の社会と捉えられていますが、この個人神を通すことで、後にメソポタミアで登場するユダヤ教、キリスト教といった一神教に通じてくる!と思いました。
私的生産、商業活動の活性化が、従来の共同体的協力関係を崩壊させ、権利や所有意識は個人に細分化されます。そしてその正当化として、「個人神」という観念(信仰)が生み出されたのですね~。


Article printed from 縄文と古代文明を探求しよう!: http://web.joumon.jp.net/blog

URL to article: http://web.joumon.jp.net/blog/2008/11/638.html

URLs in this post:

[1] るいネット『シュメール人の歴史2 私権社会の原型がほとんど揃っていた』: http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=41517

[2] 福岡教育大学城山西洋史 1998年卒業論文 小林のぞみさん「古代メソポタミアの社会」: http://www.fukuoka-edu.ac.jp/~tamaki/joyama/joyama98/kby.htm

[3] Image: http://blog.with2.net/link.php?538666

[4] Image: http://history.blogmura.com/in/023841.html

[5] 『古代オリエントの交易』: http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2008/08/000567.html#more

[6] まとめ: http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2008/08/000575.html#more

[7] 中田一郎氏: http://www.cismor.jp/jp/research/lectures/080726.html

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