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西洋侵略以前のアメリカ文明は、私権闘争の結果築かれたものなのか?~インカ編

長らく、インカ文明分析のシリーズにお付き合いいただき、ありがとうございます。
このあたりで、これまでわかってきた事実と仮説をまとめようと思います。
主旨は、
歴史時代におけるユーラシア大陸の国家のほぼ全てが、私権(の共認)によって統合される私権国家であるのに対して、
インカは、武力を伴う序列体制の国家だが、私権国家(←私権闘争←私権意識)ではなかった。

という事は、
「私権統合=国家規模の統合」ではない。= 私権なくして大規模な統合は可能。
この事実は、
私権が衰弱し国家が迷走する先進国先端の日本において、これからの社会を考える材料になると思われます。
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スペインのインカ侵攻の11年
後、日本にスペイン、ポルトガ
ル船が訪れるようになりました。
写真は「アルパカブログ」さんからお借りしました

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●いまのところわかっているユーラシア大陸の私権国家発生の流れは、おおまかには以下の流れです。
0.部族間の小競り合い
 ↓
1.貧しい地域に住まざるをえなかった部族は遊牧を始め父系に転換した。
 ↓
2.娘移籍のために蓄財を重視、私有意識が発生。
 ↓
3.氏族の私益追求⇒部族間の私益競争へ
 ↓
4.自部族の正当化観念を作り出した。
 ↓
5.掠奪闘争の発生⇔周辺部族は部族連合へ [イラン高原:5500年前]
 ↓
6.玉突きによって共同体は破壊されていった。
 ↓
7.武力支配→国家の成立 [メソポタミア・中国]
 ↓
8.国家の拡大(征服or服属)[ユーラシア大陸の主要な地域]

●ところがインカの体制をみると、要となる婚姻制の転換や私有意識、掠奪闘争の痕跡が見当たらないのです。

★インカ族は共同体集団で氏族内婚を踏襲していた。
                 → 私有意識が発生しない。
*インカ王は兄弟婚

 「太陽に仕えた『選ばれし処女たち』インカの婚姻様式は?」 [3]
*インカ族は集団婚
 「インカの婚姻様式②~庶民の婚姻様式は」 [4]
*王位継承権あらそいは私権闘争ではなさそう
 インカの王位継承権争い=「私権闘争?」 [5]

★インカ族は他部族を破壊せず(土地を奪い取らず)体制に組み込んだ。
                   → 共同体は存続
*インカの租税は労役が中心

 「インカの支配体制は?」 [6]
*インカは互恵路線で恭順させた
 「インカ拡大路線のなんで?」 [7]
*インカは土地の私有意識がない
 「インカ帝国内における土地所有形態から、蓄財意識は芽生えたのか?」 [8]
これらから考えると、ユーラシア大陸で起きたような私権闘争とそれを束ねる国家とは違った国家像が見えてきます。
●インカの国家像は、
0.北米~南米の果てまでモンゴロイドが拡大 → 部族間の小競り合い
 ↓
1.インカ族は武力+互恵路線で周辺部族を恭順させ、体制化に成功して急拡大した。
 ↓
2.武力+互恵路線を維持するために拡大(武力の誇示と贈り物の獲得)

*武力+互恵路線とは?
①恭順しなければ武力を行使する。(序列原理)
②負けた方の部族からは奪い取らず、新しい仕事(インカのための土木事業と農作業)と贈り物を与え、恭順させて治めた。
であり、掠奪支配ではなく、集団(共認)原理の延長線にある。こうして、50年で80の部族を組み込んでいった。

また信仰において、インカは他部族に対して自部族の信仰を強要した形跡があるのですが、インカの信仰は、諸部族の信仰を超越した普遍性の高い(誰もが認めやすい)「太陽」や具体的なミイラを使っています。
「インカにおけるミイラの役割-ミイラシリーズのまとめ-」 [9]
●では、インカは一体どのように諸部族を統合していたのでしょうか?
国家統合と信仰の特徴から、インカは、プリミティブな集団原理を2~3段階に積み上げた体制だったと考えるのが妥当なようです。
(集団原理で多数の集団を統合)

  <地方A>
単位集団      インカの ←参勤交代→ 首都の
          地方長官       インカ長官
・・・・・・・・・・・・・・・
  <地方B>
単位集団 
単位集団  部族  インカの ←参勤交代→ 首都の
単位集団      地方長官       インカ長官
・・・・・・・・・・・・・・・               インカ王
  <地方C>
単位集団                          
単位集団  部族
単位集団       インカの ←参勤交代→ 首都の
単位集団       地方長官       インカ長官
単位集団  部族  
単位集団     
・・・・・・・・・・・・・・・
*参勤交代から右側が、首都(クスコ)在住のインカ族です。
*地方の単位(氏族)集団や部族集団を残し、その上(図では右に)インカ族の集団を置くという構造で、もともとの集団原理を階層化する事で巨大な国家統合を成立させた。
*この体制構築のためには2000km先まで共認による統合が必要であり、そのためにインカは首都(クスコ)と地方間の伝令(情報通信)機能を重視した道路網を整備して、その土木事業を国家事業(諸部族の労役)としていたと考えられる。

★南北で4000kmもあるインカ国は、プリミティブな集団原理を(階層化と対面共認の限界まで)延長させてできた(最大の)国家だった。
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インカ時代に整備された道路網
総延長は、40,000kmに及ぶ。
写真は「アルパカブログ」さんからお借りしました。

by tamura

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