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文字の誕生① ~記録の必要性から文字が生まれた~

Posted By hi-ro On 2008年7月13日 @ 6:02 PM In Ⅵメソポタミア文明 | 5 Comments

 こんばんは、カッピカピです。
 
 文字の起源については、このブログでも何回か取り上げておりましたが、今回改めて、文字の起源について、シリーズ形式にてまとめてみようと思います。
 それでは、第一回目『記録の必要性から文字が生まれた』をどうぞ~。
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 人類最古の文字はシュメールで生まれました。それはよく知られている楔形文字ではなく、絵文字であり、生まれた場所はウルク市でありました。
 シュメール人自身は、文字のはじまりを叙事詩『エンメルカルとアラッタ市の領主』のなかで、次のように書いています。([ ]内は原文中の脱落部分を補ったもの)
 彼(=エンメルカル)の言葉は[かなりの量]であり、その内容はあまりに多い。使者の口は重く、それを復唱できない。使者の口は重く、それを復唱できないので、クラバ(=ウルク)市の主人(=エンメルカル)は粘土板を整え、言葉を粘土板の上に置いた(=書いた)。それ以前に粘土板に置かれた言葉はなかった。
 エンメルカルの長い口上を使者が暗記できなかったので、手紙が書かれるようになった。つまり、文字は手紙を書く必要から生まれたとシュメル人は考えたいたことになります。

 だが、実際は二つの意味でそうではなかったのです。
 一つには、識字率が高くない社会では、手紙を持って行っても受取人が文字が読めるとは限らず、結局、手紙を持参する使者は内容を覚えて行って、手紙を渡すと同時にその内容を口頭で伝えていたと考えられます。
 もう一つには、文字は長文を書く必要からではなく、交易活動を記録として残す必要から生まれたのではないかという説であり、文字の発明の理由としては、この説が有力です。

 交易活動は現在ならば商社マンが現地に赴いてお金を払って原材料などを入手してきますが、古くは物々交換であり、さらには略奪もありえました。長期間にわたって、恒常的に交易が行なわれ、しかも拡大、複雑化すれば、人間は頭のなかだけで詳細なことを記憶することはとうてい出来ません。
 「何をどこからどれだけ持ってきたか」
 「誰となにを交換したか」
 
 といった記憶を目に見える形にし、そこから記憶復元しようとする工夫から生まれたのが文字であったのです。
 しかし、当たり前ですが、いきなり現代のような文字が生まれたわけではありません。このシリーズでは下の写真にあるような、謎の粘土製品「トークン」と「ブッラ」から絵文字、そして楔形文字までの過程を紐解いてみようと思います。
 それでは次回の「謎の粘土製品トークンとブッラ」でお会いしましょう。
bullae.jpg
「ブッラ」
token.jpg
「トークン」
上の画像はおりおんのコラム [3]からお借りしました。
参考文献; 「シュメル -人類最古の文明」 [4] 小林登志子/著


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[3] おりおんのコラム: http://orion8.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_bf34.html

[4] 「シュメル -人類最古の文明」: http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refISBN=4121018184

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