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北方民族が日本に至るまで

Posted By yuyu On 2008年7月3日 @ 11:58 PM In 弥生ー律令時代の戦争,弥生ー律令時代の集団統合 | 7 Comments

先日のsimasanのエントリーでは、北方民族の渡来によって日本での私権制が確立されたことを述べられていましたが、今回は日本に至るまでの遊牧民族の概略の歴史を押さえておきたいと思います。
るいネットに、よくまとまった投稿がありますので、この投稿を紹介させていただきます。
96255 掠奪闘争と部族大移動の概観① [1]
96621 掠奪闘争と部族大移動の概観② [2]  井上宏さん
(③は、交易の部分までとなりますので、ここでは省略させていただきます)
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①第一次大移動(5500年前~4000年前頃)
・イラン高原周辺の始原掠奪闘争(5500年前頃) 
 → 西方へ:アラブ~北メソポタミアのセム遊牧・掠奪部族形成
       (シュメールは?)
       →メソポタミアやエジプトで国家形成(約5000年前)

 → 東方へ:北方モンゴロイドの掠奪部族形成 
       →黄河流域へ、竜山文化形成?(約5000年~4000前頃)
 
 → 北方へ:コーカサス・カスピ海周辺の草原地帯での掠奪闘争
       印欧語族形成へ
 
イラン高原から繋がる、遊牧民の住む中央アジアの草原地帯が掠奪闘争の伝播路となった。
イラン高原に近い農耕地帯のメソポタミア・エジプトでは国家形成が早く、同様に近接する中央アジアの大草原では、他の掠奪部族との闘争を繰り返す中で、印欧語族のような強力な掠奪部族が形成され始める。

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②第二次大移動(3800年前~3000年前頃)
・コーカサス・カスピ海周辺の印欧語族の移動開始(4000年前頃) 
 →南方へ:アーリア人 → インド侵略、ペルシャ人(3500年前頃)
 →西方へ:ケルト人、スラブ人、ギリシャ人、ゲルマン人 などが
      ヨーロッパ侵略or移動 (4000~3500年前頃)
 →西南方へ:ヒッタイト人、ミタンニ人、カッシート人による
       メソポタミア・エジプト侵略(3700年前頃)

 →東方へ:トカラ人の移動
      →遊牧民の東方移動で殷の成立(約3600年前中国西域
       からの遊牧民による征服王朝と考えられる)

掠奪部族がひしめきあうコーカサス・カスピ海の草原で勝ち残った印欧語族の諸部族が、四方八方に侵攻を開始。(より強力な部族に追われた可能性もある。)
印欧語族は強力な軍隊と馬にひかせる戦車を備え各地に進撃していった。強力な武力と、征服民を従える身分支配制度をもっており各地を征服or国家形成していった。奴隷支配が本格化し始める。

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前2000年紀の人口移動 [5]
③第三次大移動(2700年前~1400年前頃)
農耕地帯で形成された国家から締め出された掠奪部族は、遊牧を行いながら草原地帯で闘争を繰り返し力を蓄えていく。
とりわけ約2700年前頃、おそらく中央アジアのイラン系の遊牧民サカ、スキタイにおいて騎乗技術と騎射が確立し、機動力を持った遊牧軍事集団が成立。
広域の部族を武力統合することが可能となり強力な部族連合→遊牧国家の形成が可能となった。第三次の大移動とは、この機動力をもった遊牧軍事集団の侵攻に他ならない。
このような騎馬軍団と遊牧国家のシステムは、中央アジアから東西につながる草原の道を通って各地の遊牧部族に伝わり、東西で強力な遊牧国家(exスキタイや匈奴)を形成していく。

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前10世紀頃のユーラシア [5]

・中央アジア~コーカサスの遊牧諸族サカ、スキタイの遊牧軍事集団成立(2700年前頃~ 主にイラン系)
  →南へ:遊牧民のキンメリア人を追い出し、アッシリアを圧迫
  →西にて:アケメネス朝ペルシャを圧迫、スキタイ・ペルシャ戦争
       (ペルシャの敗退)

  →東方へ:中国北方のモンゴロイドへ遊牧軍事システムが伝播。

・中国北方のモンゴロイド諸族(匈奴、月氏、鮮卑など 2300年前頃~
 主にモンゴル系、トルコ系)の侵略闘争。

  →南方へ:中国、朝鮮を侵略(2300年前~) 
       → 朝鮮を経て日本侵略(1700年前)
 
  →西方へ:玉突き的にフン族の西方移動(1800年前) 
       → ゲルマン諸族の大移動(1600年前)
       →ゲルマン諸族はローマ帝国侵入し西ヨーロッパに定着
  →西南方へ:突厥(トルコ系)の中央アジア移動(1400年前)
       →中央アジアの遊牧騎馬民族エフタル滅亡
       →その後小アジア、インドへ侵略

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前2世紀の世界(画面の拡大) [6]
http://www.wako.ac.jp/souken/touzai03/tz0310.html [7]
 

とりわけ、スキタイや匈奴は強大な遊牧軍事集団を形成、それに対応して防御側のペルシャや漢も軍事力の強大化を図り、大帝国を形成していく。
一方、遊牧部族による侵略闘争の波は、朝鮮半島や日本などユーラシア大陸の端まで到達していく。
この第三次大移動が終わった1400年前ごろには、ユーラシア大陸の中央部を除いて、概ね世界の民族分布が固まってくる。
※但しユーラシア大陸中央部の草原地帯からの遊牧部族の侵略・支配は、13世紀ののモンゴルの世界征服事業、17世紀清の成立など、近世まで波状的に続き各地で支配→混血を繰り返した。(要は、火器による武力が騎馬軍団の武力を上回るまで続いた。)

 
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[1] 96255 掠奪闘争と部族大移動の概観①: http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=96255

[2] 96621 掠奪闘争と部族大移動の概観②: http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=96621

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[5] 前2000年紀の人口移動: http://homepage3.nifty.com/ryuota/earth/history07.html

[6] 前2世紀の世界(画面の拡大) : http://blog.kodai-bunmei.net/blog/%E5%89%8D%EF%BC%92%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8Czmt01.html

[7] http://www.wako.ac.jp/souken/touzai03/tz0310.html: http://www.wako.ac.jp/souken/touzai03/tz0310.html

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