こんばんは~
みつこ 😀 です。
さて、早速ですが、、、みなさん 
これ
なんだかわかりますか~?

はい、そのとおり、”つくし”です 
今日は日本の野菜の元祖?!
山菜
について調べてみましたので、報告しまーす!
ところでみなさん、山菜っていくつ名前を挙げられますか?
みつこは、つくし、ぜんまい、みつば、ふきのとう、、、これくらいしか知りませんでした 
山菜っていろーんな種類があるんですよ!今だって里山には生えてたりします 
さて、クイズ。次の写真の山菜はなんでしょう~???

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ありがとうございます 
答えは、”コゴミ”。
クサソテツの若葉(若芽)のことです
。若葉しか食べれないんだそう。シダ類はアク抜きが必要なんだけど、コゴミは苦味や渋味もなくアク抜きは不要なんですって。
では、時代を追って山菜と日本人の関係を。。。 
東北と山菜の歴史は、はるか5千年以上、縄文時代にさかのぼる。国内最大の縄文遺跡、青森市の三内丸山遺跡の発掘現場から、去年、タラの木(タラの芽)の種が発見された。三内丸山のような巨大集落は、春先に芽吹く山菜を大勢で一気に収穫するのに適していたという。縄文土器を使い、灰汁抜きや塩漬けもしていたと推測されている。
山菜といえば、独特の苦味
がありますよね~。それは灰汁のせいだったりするのですが、ちゃーんと灰汁抜きして食べていたところがすごい
です。日本は山菜が豊かだった、って言ってしまえばそれまでですが、ナマでは苦くてor(ドングリなどの木の実だったら、堅くて)食べれないものを、どうにか食べられないか?って考えてようやく見出した方法なんだと思うと、縄文人の置かれた厳しい環境を思わずにはいられません
きっかけは偶然だったかもしれません(煮たらやわらかくなる・・・とか)が、外圧に対して「どうする?」って常に考え、自然を観察していたからこそなんだろうなって思います。
時代は下って、、、百人一首
にも山菜
は詠まれています。
「君がため 春の野に出でて若菜つむ わが衣手に雪は降りつつ」(光孝天皇)。百人一首にでてくる万葉集の一首です。万葉集は、舒明天皇(630年頃)から淳仁天皇時代(759年)までの歌をまとめた日本最古の歌集として知られています。万葉集に詠まれている植物は170種あり、その中に菜としてカブ、フユアオイ、ノビルなど27種がでてきます。つまり菜とは食用にした植物のことを指しています。
この他に、万葉集の時代に食べられていたと思われる植物を出土した木簡などから推測すると、ギシギシやイタドリ、フキ、アザミ、チシャ、ニガナ、カラシナ、ワサビ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベなどもあります。万葉集に出てくる食材のうち、カブ、ダイコン、ウリ、サトイモなどを除けば、ほとんどが野山で採取できるものばかりです。
現代の野菜の種類以上にあったのですねー 😀 。
さらにさらに、江戸時代には、、、
飢饉の時に人々の命を救ったのは山菜だった。天候不順で米や野菜が不作の時も、山菜は被害を受けにくいためである。米沢藩10代目藩主、上杉鷹山(1751-1822)は、家々の庭先に山菜を植えるよう奨励した他、山菜利用法をまとめた書物「かてもの」を家臣に書かせ、刊行。その30年後の天保の飢饉(1832-37)では、米沢藩は一人の餓死者も出さなかったという。
すごい ![]()
でも、そういう意識の根本には、、
マタギは、山菜は山の神からの授かり物と考え、根こそぎ採らない等のしきたりを先祖代々守ってきた。
やっぱり、こういうありがたいって意識があったればこそ、ですよね 
山菜採りと言えば、行楽
?に近いイメージを持ってしまうのですが、忘れないでいたい思いです。
参考HP
『水の話~特集 山菜~』 [3]
『なっトク!古今東北』 [4]