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中国人の二重規範

Posted By nishipa On 2007年7月30日 @ 6:33 PM In Ⅴ中国文明 | 2 Comments

古代中国ファンの皆さま、こんばんは。
中国に村落共同体は存在しなかった。 [1]の記事に対し以下のコメントがありました。

中国の個人主義を西欧のそれと区別しなければならないと思います。
 中国人は一旦信頼関係を結ぶと友人を絶対に大事にします。
 つまり仲間にさえなれば絶対的な協働関係が維持できるのです。
 中国という集合体が4000年以上に渡って多民族の合衆国であり、拠り所となる規範や集団が自らの
 家族しかないという辺りが、その特殊性を作っているのかと思います。

たしかに西欧の個人主義とは違い、信頼できる仲間は大事にしますね。しかしその一方では欲の塊で殺し合いも辞さないという側面も持ち合せてます。
その二重構造は、いったい何を背景に、どこから生まれているのでしょう?
中国4000年の歴史において連綿と連なる民衆の意識構造について、「中国人の二重性 [2]」を参考にしながら考察してみます。
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●中国の二重規範
・韓非子に影響された中国の法体系 [5]は、人民を保護するヨーロッパの契約法ではなく、あくまで君子の統治法である。
・しかし、契約文書より大切なのは人間関係(幇、宗族)である。
 つまり、一般以上に便宜を図ってもらうには、人間関係が重要である。公法は決して民衆を守ってくれるものではなく、あくまで統治のための法律なので、幇内の内規が育ちやすい。
●どのような人間関係か?
結束の固い順に宗族(ソウゾク)、幇(パン)、情誼(チンイー)、関係(クアンシ)、知り合い。
・知り合い:言わば顔見知り程度である。しかし、単なる顔見知りといって笑うことなかれ。中国の世界では顔見知りか顔見知りでないかでその人の態度が全然違ってくるのである。
・関係(クアンシ):これは単なる顔見知りを超えた関係である。何で超えるのか。費用(つまり賄賂)が重要な要素だと考えられるらしい。
・情誼(チンイー):其の後、そこに気持ちつまり情が入りへと関係は深まっていく。
・幇(パン):そして、気持ちのみ、つまり利害を超えた関係として、もっと結束の固い幇へと発展する。
・宗族(ソウゾク):共通の祖先を祭る父系血縁集団で、祖先崇拝を行なう数百~数万人規模の集団。国家から直接に保護されるということはないために、別の集団との対立に際して連帯が必要とされ、集団のなかにおいて安全が保障された。
●なぜ宗族が最も強い人間関係なのか?
中国人の死生観としては、道教の「不老長寿」、仏教の「輪廻転生」があるが、中国人の典型的かつ初歩的な思想としては、儒教の「招魂再生」に注目すべきであろう。
「招魂再生」という考えは、孔子が儒教を体系化する以前から中華社会の一般的な死生観であった。儒教以前、つまり原儒と呼ばれるシャーマニズムの時代からである。
「招魂再生」とはこの分離した魂とハク(死体)を繋げる作業のことをいう。つまり、魂をハクの下に呼び、死者を再び生き返らすのである。
この「招魂再生」の作業を行うのが、正に子孫なのであり、宗族なのである。
●儒教の教えに見る宗族
儒教では「孝」をその思想の基本を為すものとして説いている。
孝とは父子そして夫妻の関係を規定し、それが思想的に発展し君臣の関係を説くまでに至る。
孔子は儒教の中で、先祖との関係、親子の関係、子孫との 関係とこの3つの関係を「孝」という一文字で表していることが分かる。
儒教では招魂再生をする、そしてしてもらう関係としての「先祖との関係」「子孫との関係」も併せて説いているのである。そこには、血という媒介によって繋がれた宗族が中国人にとってどれだけ大切なものであるかがしっかりと規定されている。
★まとめると、
・中国公法は統治法であり人民の権利を守るためのものではない(実際の政治統治には儒教の思想よりも法家の思想の影響が強い)。
・よって公法よりも、ある絆で結ばれた集団内の掟が優先する(中国人の二重規範)。
・その絆として宗族(縦の絆)、幇、関係、知り合い(以上、横の絆)がある。
西欧も武力支配の歴史は古くからあるが、どうにもならない現実に対し、個人と神の契約(古代宗教)によって意識を統合した(→個人主義)のに対して、中国は同じ武力支配でも、それ以前から伝わる祖霊信仰(=招魂再生)を母胎に血縁集団による固い絆を築き、儒教の教えによって集団内規範を形成し、強固な宗族集団をつくりあげたのだと考えられる。その結果、当然ながら集団外に対しては敵対心剥き出しの“個人主義”にならざるを得ないのだろう。
さらに理解を深めるために、儒教、宗族、祖霊信仰と遡り追求しながら、一方で現代にどのように繋がっているのか見ていくこととします。
 (eto)


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[1] 中国に村落共同体は存在しなかった。: http://www.kodai-bunmei.net/blog/2007/07/000264.html

[2] 中国人の二重性: http://www.mskj.or.jp/getsurei/koya9606.html

[3] Image: http://blog.with2.net/link.php?163891

[4] Image: http://history.blogmura.com/in/023841.html

[5] 中国の法体系: http://www.kodai-bunmei.net/blog/2007/07/000265.html

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