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インカにおいてミイラの意味・役割を探る-2(王様のミイラ)

Posted By saah On 2007年7月21日 @ 4:00 PM In Ⅸマヤ・アステカ・インカ文明 | 5 Comments

今回はインカにおいてミイラの意味・役割を探る-2として「王様のミイラ」について追求してみたいと思います。 :D
そもそもインカ帝国におけるミイラは、庶民の場合も同様ですが、その人の生前と同じ扱いをミイラも受けるというのが一般的なようです。
生前と同じ衣服も身にまとい、食事をさせられ、性生活までさせられた!ようです。
そのあたりを少し詳しく見ながら、何のためにそうしたのか、そしてそれが王のミイラにとってどんな意味があったのかを考えてみたいと思います。
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早速王様のミイラに関して、次のような記述を見つけました。

山岳地方においては遺体は埋葬でなく、洞などへの安置が通常でした。彼らは共同体の起源となる偉大な祖先達の死体をミイラ化し、生きている者のように扱いました。王族の場合、死者は豪華な衣服を着せられ、飲食をさせられ、性生活まで行わされました。インカ帝国の代々の王達は、死後も、自分の財産や土地を保つことができたので、後継者は財産や土地を受け継ぐことができず、他民族と戦争し、領土を奪い、拡張することによって自分の財産や土地を獲得せねばなりませんでした。一族の結婚や戦争などについては、祭司が死者である祖先の託宣を聴き、個人や共同体の将来を決定しました。

(谷口智子さんの「新大陸の古代王朝②インカの国家宗教と政治」より引用)
このように、王様はその死後も生前と同じ扱いを受け、同じ権限を保っていたようですね。
BS3「アンデス・ミイラと生きる」を見た人のブログにも同様なことが書かれていました。

インカ帝国はわずか100年で8千万の人口を擁し南北5千キロにわたる長大な版図の国を作ったが、それは武力に依るだけでなく、ミイラを使った宗教・精神政策だった。
そもそもインカ帝国草創のころ(15C)にはミイラ信仰はなかったが、征服した一地方のミイラ信仰を取り入れて自らの王朝の基本とし、版図を広げるツールとした。王朝は歴代の王のミイラを作り、生前と同じ宮殿に安置して生前と同じ家臣団をつけ日々尊崇した。ミイラは輿に乗って町に出て、家臣たちはミイラを囲んで遊興し、他の王のミイラとも交流した。これが帝國の権威を示す象徴だった。
家臣の領地や処遇は亡き帝の時と同じだったというから、代を重ねれば大きな財政負担になるのは当然でこれを維持するためにも領土を広げる必要があった。また家臣団が政治勢力化するのは避けられない。12代目の皇帝がたまりかねて歴代王のミイラを合葬しようとしたが、既得権をもつ貴族化した家臣団が反対して内乱状態になった。ちょうどそのころスペインの侵略者が入ってきて、この事態に便乗しあっさりインカ帝国は滅亡した(1534年)。

一般的には国王が死去することでその権威が失墜すると、新たな権力闘争が勃発するおそれがあります。 :twisted: しかし、るいネットの記事にあるように「インカは私権を伴わない序列原理を共認 2」(リンク) [3]が事実だとすると、インカ帝国には大きな私権闘争はあまり起きていないようですね。
このことから考えられるのは、権力闘争が起きるのを避けるために、王の権威をその死後もそのまま維持し続けることで無用な私権闘争を起こさせないという試みだったとは考えられないでしょうか?
ただし当然このような状態が長く続くと、新しい国王自身は前国王に代わる権力をもてず、あるいは土地の所有が出来ないために他国を侵略し版図を広げることにも限界があります。
同様に前国王に仕えていた家臣がいつまでもその権威のおこぼれに与っているのもそれはそれでいろいろ新たな問題も起きそうです。それが国の財政の圧迫だったり・・・・・。それを改善しようとする人と既得権益を主張しようとする人との間に何らかの争いが生じたり・・・・と。
しかし、いずれにしてもミイラの扱いは生前のその人と同じ扱いを受けていたということが意味するのは、生前のいろいろな権限もそのまま継続するという考えが一番すっきりと当てはまりそうです。
結果的に「私権を伴わない序列を共認」する王国が堅持されていたのですから、やはり王様のミイラの存在は私権闘争の回避の目的に添っていたといえるのでしょう。


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