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中国文明:『宦官』が物語るもの~個人まで貫通した権力意識

Posted By sawatan On 2007年6月17日 @ 1:00 PM In Ⅴ中国文明 | 2 Comments

今晩は、さーねです :o
今日は、中国の『宦官』の歴史を調べてみました
宦官とは…

中国で、貴族や宮廷の後宮に仕える去勢 された男子。元来は宮刑に処せられた者を用いたが、王侯の側近となるため、去勢を志願する者もでた。西アジア、ローマ、ギリシアなどにもみられる。

諏訪春雄通信37 [1]
去勢…日本には、宦官制度は存在しなかったし、僕にもなぜそこまでするのか 想像がつきません :-(
『宦官』制度に至ったのはなぜか
可能な限り、その当時の事実構造に迫ってみたいと思います
今日参考にさせていただいたサイトは、学習院大学教授の諏訪春雄先生のサイト [2]です :o
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中国の宦官
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まずは、『宦官』について、諏訪春雄通信37 [1]より抜粋しながら、圧力状況意識構造を見ていきましょう。

宮刑は、古代中国の刑の一つで、男女とも生殖能力をうばってしまうことです。性器切断、または卵巣摘出をおこないます。のちには去勢志願者もでたというからおどろきです。君主の後継者を養育する後宮にあって、血筋の混乱をさけるために、去勢した男性を使用人とし、その男性を宦官とよびました。宦は仕えるという意味です。

中国は、血筋を守るということに対してかなりの執着心があります(参考:るいネット [5]中国社会の基本構造:宗族と祖先崇拝・儒教 [6]を読んでね^_-)
周辺他勢力からの圧力に対して、血縁集団で王朝支配を継続していくために、宦官制度は絶対必要であったのだと想像できます。
また、自ら志願し、生殖機能=種の保存本能を捨て去るほど、権力に対する異様な執着心 の高さが伺えます。

『中国古代性文化』に「宦官と宮廷の性管理」という章題で、宦官の歴史が要領よくまとめられています。要点をのべます。
1.中国の宦官の歴史は甲骨文字によると紀元前14世紀の殷代にまでさかのぼる。
2.宦官の出現は、古代君主の内宮において多数の后妃のなかに去勢した男子を使用人としてはたらかせ、性交活動の混乱をさけるためであった。
3.宦官は階級社会の残忍、兇悪な制度であったが、のちには生計のためや野望のため、みずからのぞんで宦官になる者もでた。
4.宦官は本来正式の官吏ではなく政治に関与することはなかったが、一部宦官は、皇帝や皇后などを篭絡して、封建統治集団の権力闘争に大きな役割をはたした。
5.宦官は、中国の歴史で、帝王の生活を左右し、国家の命運を決定することさえあった。
6.宦官には忠賢の士もいたが、さらに多くは、悪逆、残虐、卑猥な小人や陰謀家で大乱のもとになった。

実際、宦官が使用人であるとはいえ、王朝の内部にいることに変りはありません。宦官志願者の中には、権力に対する執着から王朝転覆を狙う 8) 輩も存在したはずです。代々の王の血筋は守ることはできるでしょうが、王朝を集団として統合していく上では、実は非常に危険因子 :twisted: であったのです。

中国近世史の専門家である川越泰博氏は大きく三つにわけて、各時代の発達した宦官の職務を説明しています(「宦官の職務 その様々なる日常」『月刊 しにか 特集宦官』2000年11月、大修館書店)。
内廷宦官 後宮での奉仕。衣食住の管理、冠婚葬祭の進行、器物・資材倉庫の管理、宮廷各門の開閉など。
在京宦官 宮廷をでての諜報活動、天子護衛軍隊の統率など。
在外宦官 地方駐在の宦官。皇帝のための各種資材調達、税の徴収、地方軍の指揮・監督など

かくして、近世では、王朝の行く末を左右する諜報活動・戦闘時の指揮官等の役割まで担うことになった。単なる使用人から王朝内での確固たる地位を築くまでに至ったのです。逆に、中国文明の権力闘争の凄まじさを表していると思います。個人にまで権力意識が浸透していたと言えるのではないでしょうか
たいせつな視点は、去勢が遊牧・牧畜民社会の家畜飼育にはじまったという事実です。動物を去勢すると、野性をうしなって家畜化する。その方法を人間に応用して宦官が誕生しました。宦官は人間の家畜化です。
諏訪先生の遊牧発論は正しいでしょう。凄まじい権力闘争圧力という状況下において、「支配」⇒「家畜化」の発想に至るのは自然な流れです。しかし、個人まで完全に浸透したために、常に権力闘争=掠奪闘争の坩堝と化し、中国古代王朝の興亡の歴史が形成されたのだと思います
最後に、諏訪春雄通信37 [1]より、

日本人が、宦官を忌避したのは、日本の王権の中枢を形成した信仰が太陽=稲魂=女神だったからです。

どうも、日本人の僕自身にもこの『宦官』がやはり理解不能です。なぜ、権力のためにそこまでするのか…?恐らく、中国が父系社会であったのに対して、日本は母系社会であった所以でしょうか :-(


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URLs in this post:

[1] 諏訪春雄通信37: http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~ori-www/suwa-f04/suwa37.htm

[2] 諏訪春雄先生のサイト: http://www.haruo-suwa.jp/tuusinn.html

[3] Image: http://blog.with2.net/link.php?163891

[4] Image: http://history.blogmura.com/in/023841.html

[5] るいネット: http://www.rui.jp/

[6] 中国社会の基本構造:宗族と祖先崇拝・儒教: http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=140351

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