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日本最古の武器

Posted By kumana On 2007年6月13日 @ 11:29 PM In 弥生ー律令時代の戦争 | No Comments

:D くまなです
前回の日本における戦争の起源 [1]の続きです。
前回、戦争の証拠の1つとして「武器(人をあやめるための専用につくられた道具と、それから身を守るるための防具)」の存在があることを紹介しました。
■日本における最古の武器はどこにあるのか?

いま確認できる列島最古の武器は、「最古の水田」として有名な佐賀県唐津市の菜畑遺跡 [2](2500~2400年前)から出ている。
ホルンフェルス [3]とよばれる目の細かい堆積岩を磨き出して作った短剣と矢じりだ。
これらの武器は、朝鮮半島の南部で使われていたものと同じで、朝鮮系の磨製石剣・磨製石鏃とよばれている。

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菜畑遺跡から出土した短剣
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同時代の韓国の代表的な磨製石剣

おそらく、かれらが故郷の朝鮮半島からもってきたのだろう。人を傷つけるための武器は、稲作の文化といっしょに朝鮮半島から伝わってくることによって、はじめて日本列島に現れたのだ。

(「人はなぜ戦うのか」松木武彦より)
戦争の証拠。次は「武器によって殺されたり、傷つけられたりした人の遺骸」です。
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■最古の戦争犠牲者(武器によって傷つけられた人の遺骸)

このうち、磨製石鏃が遺骸に突きささった例が、福岡県志摩町の新町遺跡で見つかっている。弥生時代の初め頃の、木の棺に葬られた熟年男性の左足の付け根に、長さおよそ13センチメートルの朝鮮系磨製石鏃がうしろから貫通し、太ももの骨のいちばん上付近に突きささって折れている。
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大腿部に突きささった磨製石鏃(福岡県志摩町新町遺跡)
背後から矢を射られ、左の尻の下あたりに命中したものだ。これが致命傷になったかどうかはわからないが、刺さった石鏃のまわりの骨に治癒反応が認められないので、この傷を受けるのとほぼ同時に命をなくしたらしい。
さらに興味深いのは、この棺の下に小穴があって、その中から別の人物の歯が見つかったことだ。この穴には、別人の頭部がおさめれていたと考えられ、歯の分析によると、少年または青年のものだという。
墓の主は、奮戦してこの若者の「首級」をとったものの、その戦いの傷がもとで死んだのだろうか。それとも、墓の主の戦死に対するかたき討ちとして、同じ集落の者が敵の「首級」をとってそなえたものだろうか。

(「人はなぜ戦うのか」松木武彦より)
当時の戦争は、こんな感じだったのだろうか?
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まるごとひらおねっと [6]からお借りしました。)


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URLs in this post:

[1] 日本における戦争の起源: http://www.kodai-bunmei.net/blog/2007/05/000202.html

[2] 菜畑遺跡: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%9C%E7%95%91%E9%81%BA%E8%B7%A1

[3] ホルンフェルス: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%B9

[4] Image: http://blog.with2.net/link.php?163891

[5] Image: http://history.blogmura.com/in/023841.html

[6] まるごとひらおねっと: http://www.hirao.townnet.pref.yamaguchi.jp/home/html/bunkazai/jomon.html

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