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古代中国:母系氏族共同体の特徴

Posted By maeyan On 2007年6月2日 @ 7:47 PM In Ⅴ中国文明 | 2 Comments

前回 [1]から、更に遡ってみました。古代中国では、原始的な群居と血縁家族の社会から、約8000~6000年前に母系氏族社会 に移行しています。この母系氏族共同体とは、どんな社会だったのでしょうか?
(「図説中国文明史1先史文明への胎動」より)
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写真は、「邪馬台国大研究ホームページ / 遙かなる西安」 [2]から拝借した、半波遺跡の集落復元模型です。この頃の環濠は、獣よけの機能が中心だった様です。
縄文時代と同時期の中国が、どんなだったかを比較してみるのも、おもしろいですね。
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○始まり

血縁の親族から母系氏族共同体への変化は、生産力の絶え間ない進歩の中で完成したものです。旧石器時代中期には漁撈、採集経済が発展して生産関係での変化を引き起こし、男女の分業が明確になり始めます。親族の成員は増加し、同一の母系血縁に属する集団がしだいに分離し、母系氏族共同体を構成するようになりました。

○男女の役割分担

母系氏族共同体の初期では、男性は狩猟、漁撈に従事し、女性は採集 、食物の調理 、火種の保護 、衣服の製作 、家事の管理と子供の世話など負担の大きな労働を受けもっていました。女性は長期間採集を行い、母系氏族共同体の中期・後期になるとしだいに植物の成長の規則性 に気づいて、農耕栽培技術を習得し、農耕生産の主力 となりますが、男性はなお狩猟 を主としていました。

女性の生産活動が男性よりも安定し、その収穫物 が氏族の生存に対する需要をより保証できるようになったことで、女性全体が経済活動において主導権を握るようになり、氏族の管理者 となりました。

なんと、生殖だけでなく、生産の場でも女性が主導していたことが、「母系」の裏付け だったのです。 男は、時代に乗り遅れてしまっていた 様ですね。

血縁を紐帯として成り立つ母系氏族共同体は母系 によって家系を考えます。年長の女性が氏族の長となり、自らは労働に加わるだけでなく、生産計画を制定し、生産や生活物資の分配や対外交渉にも責任を負いました。

女性は氏族内部で尊重を受け、生産物資は平常時には氏族が共有し、氏族内の女性のみが継承することができ、母方の祖母が母親に伝え、母親が娘に伝えました。女性氏族の成員は、死後も副葬品が比較的豊富で、氏族墓地の中央部に埋葬 されることが多くありました。平等な社会の母系氏族共同体の内部では、女性の地位の尊重が突出 していました。

集団の指導者となった女性は、やがて集団の婚姻関係が通婚から一夫一婦制に変わっていく中で、その位置を男性に移行させていきます。次回、父系氏族社会への移行に続きます。


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[1] 前回: http://www.kodai-bunmei.net/blog/2006/12/000071.html

[2] 「邪馬台国大研究ホームページ / 遙かなる西安」: http://inoues.net/china/xian4.html

[3] Image: http://blog.with2.net/link.php?163891

[4] Image: http://history.blogmura.com/in/023841.html

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