こんにちは、ベジ紀です。
カッピカピさんやtanoさんが投稿されていますが、馬の家畜化は羊、牛、山羊に比べ、遅かったようですね。
それには、馬はなかなかいうことを聞かず、しかも乗りづらく、乗ったら乗ったで、すぐに振り落とされる。しかも、うかつに馬の後ろに立てば、ものすごい力で蹴り上げられる。
などなど、様々な理由がありそうですが、遊牧民が馬に着目したのは、その力にあったのではないでしょうか。
そして彼らは、その馬の力を引き出すために、技術と道具を次々に生み出していった。
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まずイラン高原の遊牧民が、馬に車を曳かせて「戦車」として活用。これがアッシリアなどにも採用されていきます。
さらにスキタイが、馬を自由自在に乗りこなすために、鞍や馬の口に噛ませるハミ、蹄鉄らの「馬具」を洗練し、これにより「遊牧騎馬民族」が現れます。
そして、「遊牧騎馬民族」スキタイ人は、「鉄の民」としても名高かったそうです。
丈夫なハミやアブミ、とりわけ蹄鉄製造のためには、「鉄」が必要不可欠だったためです。
さらに、機動力のある「馬の戦い」は、自然と近接戦よりも遠戦が主体になるため、これが「長槍」や「飛び道具」の開発を招きました。槍・矛・長弓・弩から鉄砲まで、これらが全て「馬の戦い」の現場で発達してきました。
後に戦争で使われるほとんどの武器が、この時代の遊牧民によって作られたのでした。
馬の家畜化は製鉄技術の向上に加え、戦争の拡大にもつながっているのではないでしょうか。